ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「そうだ。転校」
渚央が思い出したように、言った。
「聞いたら、ここからは遠いって……」
渚央はそわそわしていた。
確かに、この家から二番目に近い中学校は電車に乗らなければ行けない。駅までは送迎になるだろう。
「送り迎えは心配しないでいいわ。私たちがするからね」
送迎の時間に渚央と一緒に居られるなら、転校も楽しみのひとつになる。
「でも、それは、悪いので」
渚央が俯いた。
「悪くなんかないわよ。そんな遠慮、しないで」
「……あの! 寮がある中学校ってありますか?」
「寮?」
嫌な予感がした。
「なるべく遠くで!」
――え?
「私、それでいいですよ」
渚央の声が明るく響いて、私の気持ちとの温度に合わなかった。
それで反応が遅れてしまった。
渚央は笑顔で言った。「私、ここを出て行きます」と。
「――出て行くって……どこへ?」
動揺のあまり、行き先を聞くような言い方になっていた。
……違う、そうじゃなくて……。
私は喉元を押さえた。心の底に溜まり続ける罪悪感が邪魔をして、言葉がうまく出てくれなかった。
どこにも行かないで――と言う権利が自分にあるのか分からない……。
「……」
渚央がまた、目を細めて笑顔を向けてきた。
「あ。待って、くれる? お父――、あの人が帰ってくるまで」
渚央は自分たちをどう呼べばいいか分からない。
私たちも同じだ。名前を呼ぼうとすると、今まで渚央にしてきた仕打ちが頭をよぎって喉が閉まってしまう。
私は時間稼ぎのように、夫にメールを打ち始める。
乙葉:あなた、今どこ?
渚央ちゃんが出て行くって……
すぐに戻ってきてくれない?
夫が帰宅するまで、学校のことや友達のこと、勉強のことなど、いろいろと質問した。
家を出る話題が出ないように必死だった。