ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
「渚央は友達に恵まれてるみたいだし、書道部入って喜んでたのに、転校とか可哀想じゃん」
翔樹の冷静な判断が、罪の意識で凝り固まっている私の思考を砕こうとしていた。
それでも――
私は頭を振った。
「……辛い記憶が残る学校よ? 友達以外の子は冷たいのよ」
「だとしても、今まで転校したいなんて言ったことないよ。しかもここを離れたいって? ありえないよ」
「……どうして、そう思うの?」
震える声で聞いた。
翔樹は、ムッとしながら言った。
「ここが好きだって言ってたし。いつか旅館の手伝いがしたいって」
夫がぐん、と顔を上げた。充血した目が翔樹に迫る。
「……本当か? ……あの子が本当にそんなことを?」
「言ってたよ。それと今やってる部活が旅館の役に立つって、張りきってた」
私は、両手で胸を押さえた。
苦しいのに、嬉しかった。
「転校とか出て行くとか、なんでそんなことになってんのか。誤解があるんじゃないの?」
はっとした。
私もさっき、夫の言動が渚央に誤解されると焦った。それと同じことが、私と渚央の間でも起きていたのだろうか。そういえば、会話が噛み合わなかったし。
「ただいま……」
大樹が帰ってきた。
リビングの張りつめた空気に、足を踏み出せずにこっちを見ている。
「あ……おかえり」
私は取り繕った。
どうかした? と心配されて曖昧に頷く。けれど翔樹がすぐに割り込んできた。
「父さんと母さんが渚央を転校させようとしてて、渚央がここを出て行くって言いに来たって」
大樹の表情がみるみる険しくなった。
「だめだよ、そんなこと。俺は許さない」
普段冷静な大樹が声を尖らせていた。
「俺は二度と間違えないと誓ったんだから」
「だよな」
翔樹も大樹に並んだ。
私は息子たちの突き刺すような非難に怯んだ。
「渚央が笑っているときは、傷ついてる時だから」
大樹が、まるで“子供”に言い聞かせるみたいに伝えてくる。
そのおかげで私は、自分の中で鳴る警報音を止めることができた。
私は探るように時間を遡った。
「渚央ちゃんは最初から最後まで、傷ついていたってこと?」