ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
今日一日、渚央は笑顔が多かった。
私は……、それが転校やこの家から出ることにほっとしたのだと、解釈した。
「今だから言うけど、母さんさ、俺らの夏休み中に転んだじゃん」
覚えている。
いろはのことで学校に呼ばれ、その内容がショックで数日ぼんやりしていた時だ。
「あの後で母さんがつまずいた“でっぱり”、渚央が引っこ抜いてたって知ってた? 母さんがまた転ばないようにだと思うよ」
……え?
私は、遅れて翔樹を見た。
「いろはからのプレゼントを渚央が盗んだって騒いだあれも」
翔樹の声が夫に向いた。
「父さんが何か落としたの見て、渚央が必死に探したんだよ。あのペンライトは、渚央が汚ったねえ人工池に足と腕突っ込んでようやくみつけたんだ」
「……」
夫も、短い呼吸を繰り返している。
「渚央への罪悪感でつらそうだったし、教えたら余計に渚央と話せなくなると思って黙ってた」
翔樹は突き放すように続けた。
「けど渚央をここから追い出すなら関係ないもんな。どうせ一生、罪の意識のせいで渚央と距離を取るんだもんな」
夫がガクンと、床に膝をついた。
私も――、夫の肩に取り縋った。
涙が溢れて止まらなくなった。
私たちは、また間違えたのだ。
憎しみに駆られて渚央を傷つけ、今度は罪の意識に耐えられず、向き合うことから逃げている。
「あなた……、私たち、渚央ちゃんに謝ろう。今までのこと、今のこと」
渚央は、もう謝らないでほしいと言ってくれたが、まだまだ――まだ足りない。
「ひとつずつ全部、謝って、……謝って」
あの子の傷が癒えるまで、何度でも謝って――。
「それで、――許してもらえたら、一緒にいたいって言おう? “お父さんお母さん”と呼んでほしいって、言おう?」
……抱きしめてもいい? と聞こう。
「……う、うぅ、う」
夫は肩を震わせながら、何度も頷いた。
涙のせいで、夫の顔が見えなかった。
でもたぶん私と同じに情けない顔で、ようやく腹を括ったのだろうと分かった。
――――ピンポーン
玄関のインターフォンが来客を知らせた。
泣いている私たちを見て、翔樹が気を利かせて玄関へ行ってくれる。
けれどすぐに戻ってきた。
「知らない男の人が来た、父さんたちに会いたいって」
翔樹の緊張した声に、私は涙を拭って立ち上がった。
「セールスとかなの?」
「いや」
翔樹は指先で唇を触りながら、小さな声で言った。
「……いろはの、父親って言ってる」
【乙葉視点・終わり】