ひとつだけ違う朝〜誘拐犯の娘として虐げられた私が、本物の家族を取り戻すまで〜
6-2 絡みあう糸をほどいて
「……渚央ちゃん、誤解よ」
母が両手を伸ばして、私の前に来た。そして私の手を握ったまま畳に膝をついた。
父も同じだった。母が握った手の上から私に触れて、声を向けた。
「渚央――、と呼んでもいいかい?」
怯えを含んだその声に、私は震えながら頷いた。
「悪かった……、そんな風に思っているとは知らなくて」
父が初めて、私と向き合ってくれた――!
その事実だけで涙が溢れてきた。
足に力が入らなくなって、ふたりの前にすとんと腰を落とした。
気がつけば、陸も陸の父も部屋から出て行って、ドアも閉められていた。
母の目がみるみる赤くなっていく。
「私が転校って言ったのは……、渚央ちゃんが、辛い思いばかりの学校から離れたいんじゃないかと――勘違いしたせいなの」
「勘違い……」
オウム返しに言葉をなぞっていた。
「私たちの――、渚央ちゃんに申し訳ないっていう気持ちが……そうさせたんだと思う。ごめんなさい」
「じゃあ、私が邪魔なんじゃなくて……」
「邪魔なんてっ、思うはずがないよ」
父が絞り出すような声で言った。
「本当、ですか」
顔をぐしゃぐしゃにしながら、父は深く頷いた。何度も。
父がぼろっとこぼした涙を見たら、また私の目からも涙が溢れた。
「ただ……今まで君に――渚央に、したことを思うと、謝って済む問題じゃないと……」
大樹と同じようなことを言っている、と意識したら親しみがやってきた。
「そんなにずっと謝られると、困ります……」
私は涙を止めようと、ぎゅうっと目を閉じた。
両親を安心させるために言ったはずが、瞼の裏ではふたりが苦悩している姿ばかり浮かんできた。
「お父……さんも、お母さん……も、苦しんでたから、"おあいこ"で」
自然に「お父さん」「お母さん」と言いたかったが無理だった。
くぐもって格好悪い発音になった……。だけど、両親の涙で濡れた頬がほころんで、私たちを隔てていた膜のようなものが溶けていくのが分かった。
「……あの、お父さん、お母さん――私は、ずっとみんなを恨んでたわけでも怒っていたわけでもないんです」
そう。
私の心情をひとことで表現するとしたら――、
「私は、ずっと拗ねていたんです!」
少し唇を尖らせてから、堂々と言った!
「私がみんなの家族だってことが分かったら、"ご機嫌取り"をしてほしかったんです」
ずっと、永遠とも思えるくらいずっと、謝ってほしかったわけじゃない。罪の意識で私を遠ざけてほしかったわけでもない。ただ、今まで出来なかったことをたくさんしてほしかっただけだ。
「私が家族だと知ったら、最初は驚くだろうけど、そのあとは仲良くなれるって思ってました」
短絡的だったと思う。
楽観的だったと思う。
でも、それが私の思い描いていた"結末"だったのだ。
「それなのにずっと"うじうじ"して。そういうの嫌ですよ」
ふたりが私を深く見つめてくれて、その誠実な眼差しからどんな不満でも聞いてくれると確信できた。
「転校ってなったら、すぐに私の方を選んだの、ショックでした」
これまでの気持ちを吐き出した。
母は、左右に首を振りながら、また私の腕をさすった。
「あと、出て行くっていったら引き止められなかったのも、がっかりでした。追い出したいのかなって」
項垂れたまま父が私の方に体を傾けた。
「そうじゃないんだ……、渚央が、うちから離れたいと思うのは当然だって思えて……、こんな親だから……」
「……」
そっか。
安堵が私を優しく包んでいく。
私は誤解していただけだった。
転校も遠くへ行くことも、両親があっさり認めたように見えて絶望したけれど、私が望むなら叶えようとした結果だったのだ。
「あと、家族の中に私だけ入れないのは嫌でした」
ちゃんと言葉にしなければ伝わらない。
だから言おう。
「私だけ"お客さん"みたいで、それも悲しかったです」
「あの家は渚央ちゃんの家よ」
母が私の手をぎゅうっと握る。
「これからは一緒に暮らそう」
父が急かすように言った。
私は口元を揺らしながら、それでも続ける。
「それから――」
体の奥に燻り続けた願いを口にした。
「私もいろはと同じくらい大事にされたいですっ」
一度離れた体が、父と母によってまた抱きしめられた。
「ごめっ……、ごめんね、渚央ちゃん、今までも、今も……」
「お父さんも、反省してるよ……、後悔してる……、本当に悪かった……」
「……」
子供のように泣いている両親に、そっと手を伸ばした。
そして恐る恐る、ふたりの肩に手を回した。
初めて触れた両親の体は大きくて、熱かった。
指先をもぞもぞさせていると、両親の手が伸びてきた。ぎゅうっと、強く、強く、抱きしめられた。
――あ、これ。
私はこれを、待っていた……。
三人でひとつになって声を上げて泣いた。