冷静な天才外科医の弱点は、私でした
「知らなくていいことです」
「どうして?」
「知られたくないから」
意外だった。私は鞄の取手を持ち直す。
「でも、私には見せてくれたじゃないですか」
宗形先生が私に切れ長の目を向ける。
しばらく、何も言わなかった。
やがて、
「……そうですね」
小さく、柔らかく笑う。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が少し苦しくなるのを感じた。
完璧な人だと思っていた。
でもそうではなくて、完璧になろうとしている人だった。
その違いを知ってしまったことが、なぜだか嬉しかった。
「おーい、論文あったぞー」
のんびりした声が、医局の空気を混ぜっ返した。
「紀幸……」
「石川先生、お疲れさまです」
「あれ、仲山さんも残り?」
温和そうな顔がドアからのぞく。
「いえ、忘れ物です。失礼します」
私は魔法が解かれたように、その場を慌てて去った。