冷静な天才外科医の弱点は、私でした



「……今日は」


 宗形先生がやっと口を開く。

 ひどく掠れた声だった。


「もう、帰ってください」

「……はい」


 それ以上聞けずに、部屋を出て扉を閉めた。

 私は遠くの騒めきを耳にしながら、しばらくぼんやりと廊下に立っていた。

 胸がまだ苦しい。

 宗形先生は何かを言おうとしていた。

 私に近づこうとして途中で止まり、手を伸ばして引っ込めた。

 そして、何も言わなかった。

 あの人が、あんなふうに迷うのを私は初めて見た。


(……戻ろう)


 まだ仕事が山ほど残ってる。

 私はうつむいて、とぼとぼ廊下を歩く私の足は重い。

 でも胸の奥には、ほんの小さな灯りが残っていた。

 もしかしたら、宗形先生も同じなのかもしれない。

 怖いのは私だけではないのかもしれない。

 そう思っただけで、孤独がほんの少しだけ薄れた気がした。


< 66 / 79 >

この作品をシェア

pagetop