ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『端的に言って恋だった』水守恵蓮/著
歌舞伎の公演は、昼と夜で別のプログラムが組まれている。
昼夜通して出演する役者も多いけれど、藤川園十郎は昼の部のみの出演だ。
お昼を挟んで午後二時に昼の部が終わり、私は再び柏木さんの楽屋を訪ねた。
「お疲れ様です」と声をかけて覗き込むと、私服に着替え終えた彼がローテーブルの前に座っていた。
「ありがとうございます」
返事の声が、少しくぐもっている。
私が差し入れした焼菓子を摘んでいたようだ。
「いただいてます。ご馳走様です」
柏木さんはごくんと飲み込んでから、何故かきまり悪そうにポツリと呟く。
「いえいえ!食べてもらえてよかったです」
「添島さんもどうですか?」
「っ、え?」
差し入れの成果に密かに満足していた私は、思いがけず勧められて一瞬虚を衝かれた。
「じゃあ……ご一緒させていただきます」
彼が怪訝そうに首を傾げるのを見て、私はローテーブルの前に正座した。
「どうぞ」
柏木さんは箱からひとつ焼菓子を取り出し、私の前に置いてくれる。
「す、すみません。いただきます」
私は恐縮のあまり肩を縮め、慎重に包みを開いた。
そして。
「あ、美味しい……」
「でしょう?」
柏木さんは急須でお茶を淹れながら、目元を綻ばせた。
皮肉げでも嫌み混じりでもない柔らかい笑みはかなりレアで、私は思わず瞬きをしてしまう。
彼はそんな私に気を留めることなく、茶托に置いた湯呑みを私の前に滑らせてくれた。
「あ、ありがとうございます……」
私のお礼には、小さく頷いて応じただけ。
自分も湯呑みを口元に運び、小さな吐息を漏らすと。