ベリーズカフェ15周年記念オリジナル短編『端的に言って恋だった』水守恵蓮/著
私と彼の唇はほぼゼロ距離まで接近して――あの時お弟子さんが来なかったら絶対ヤバかった。

意思に反して頬がカアッと火照ってしまい、ごくりと唾を飲んで誤魔化す。


「なんか気に障ること言ったんじゃない?」


だと言うのに、優花はクスクスと楽しそうに笑って冷やかしてくる。


「言ってないよ!……あ。最初に、歌舞伎のこと実はあまり知らなくて……って挨拶したのがマズかった?」


私はムキになって反論しながらも、初めて彼の楽屋を訪ねた時の自分を振り返った。


「でも最低限の下準備はして行ったつもりだよ?なのに以来ずっと、『素人か』って小馬鹿にした態度で」


出会いからこれまでのことを一から百まで脳裏に描いてみても、やはりムカムカする。


「舞台ではどこから見ても可愛いお姫様なのに、実物はアレって……筋書きの写真があまりにも綺麗だったから、すっかり騙されたわー」


私は憤然と鼻も頬も膨らませて、これ見よがしな溜め息をついた。

優花は顎を撫でながらなにか思案していたけれど。


「もしかしてそれじゃない?筋書きの写真見て思いましたけど、やっぱり綺麗ですね~とか言わなかった?」

「……?」

「やっぱりか」


思わず首を傾げた私の反応で悟ったのか、納得した様子で深々と頷く。


「歌舞伎の女形役者っていうのはただの職業。藤川さん、男性よ?それに……ほら」


優花は手元で操作していたタブレットを、こちらに差し出してきた。


「え……?」

「男性の姿の時、美人とか綺麗とか言われてもねー……とか?」


私は訝しい気分で、それを両手で受け取った。

画面に表示されていたのは、どこかの雑誌の対談企画のようだ。

インタビューは今から八年前。彼は当時二十五歳で、掲載されている素顔の写真も、今よりほんの少し幼い印象だ。

「ほら、ここ」と、優花が指で示した文章を目で追うと……。

『そりゃ立役やりたいですよ。荒事も和事も実事も、全部完璧に演じる自信もある。でも今僕ら世代、女形不足なのでまあ仕方がない……需要があるから引き受けてます』

――なるほど。

私は頭の中でその文章を二回読んで、タブレットを優花に返した。


「女形は自分の意思でやってるんじゃない……ってことね。渋々だから、ひねくれてるのか」


苛立ちを抑え込もうと、意図的に精一杯の皮肉を呟いた。

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