あなたが私を忘れても、わたしはあなたを忘れない。
待ち合わせ場所に向かう途中、大学時代の友人から電話がかかってきた。
「もしもし?」
『美月? 今日、暇?』
聞き覚えのある声。
「え、颯? どうしたの?」
『どうしたのって、久しぶりに飯でも行こうかなと思って』
朝比奈颯。
大学時代、同じ講義を受けていた男の子だ。
明るくて、人懐っこくて、誰とでもすぐに仲良くなれる。
それなのに、不思議と人の小さな変化には敏感だった。
私が落ち込んでいるときも、無理に理由を聞かず、隣でくだらない話をして笑わせてくれた。
何度も助けてもらった、大切な友人。
「ごめん、今日はちょっと予定があって……」
『ああ、そっか。デート?』
「……うん」
電話の向こうで、少しだけ沈黙があった。
『そっか』
いつもと変わらない声だった。
『じゃあ、また今度な』
「うん! また連絡するね」
電話を切ろうとしたとき。
『美月』
「ん?」
『最近、ちゃんと笑ってる?』
思いがけない言葉に、私は目を瞬いた。
「……え?」
『いや、なんとなく』
颯は少し笑った。
『昔みたいに、無理して笑ってなきゃいいけど』
胸の奥が、きゅっとなった。
どうしてだろう。
何も話していないのに。
颯はいつも、私が隠している気持ちに気づく。
「……大丈夫だよ」
私は笑って答えた。
「今は、ちゃんと笑えてるから」
『そっか。ならよかった』
颯はそれ以上、何も聞かなかった。
電話を切ったあと、私はスマホを見つめた。
今は、ちゃんと笑えている。
それは、本当だった。
湊と再会してから、私は何度も笑っている。
でも同時に、何度も泣きそうになっていた。