あなたが私を忘れても、わたしはあなたを忘れない。
「湊がそんなに怖い思いをしていたことも、知らなくて。私、自分が忘れられたことばかり悲しんで……」
「美月ちゃん」
「湊は、もっと怖かったはずなのに」
涙が止まらなかった。
湊のことを忘れられなかったのは、私だけじゃなかった。
湊だって、忘れたくなかったんだ。
それなのに。
私は、湊が自分のことを忘れてしまうことばかり恐れていた。
湊自身が、自分を失っていく怖さを抱えていることを、ちゃんと考えられていなかった。
「……私、湊のそばにいてもいいのかな」
思わず、口にしていた。
「私がいることで、湊を苦しめてしまうんじゃないかな」
莉奈は、すぐには答えなかった。
その沈黙が、何よりも苦しかった。
やがて、彼女は静かに口を開いた。
「……私は、美月ちゃんに湊から離れてほしいと思ってる」
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
莉奈は私を見つめていた。
「でも、それは湊のためだけじゃない」
「……え?」
「私も、湊が好きだから」
まっすぐな言葉だった。
「ずっとそばにいたかった。湊がつらいときも、笑っているときも。これから先だって、そばにいたいと思ってる」
莉奈の目にも、涙が浮かんでいた。
「だから、美月ちゃんが現れて、湊がまた誰かを好きになっていくのを見るのが、つらいの」
私は何も言えなかった。
莉奈は、私と同じだった。
湊を好きで。
湊を大切に思っていて。
だからこそ、失うことが怖い。
「……ごめんね」
莉奈は小さく笑った。
「こんなこと言うつもりじゃなかったのに」
そして、私の手元を見つめた。
「でも、ひとつだけ覚えておいてほしいの」
「……はい」
「湊を好きでいることは、きっと簡単じゃないよ」
その言葉を最後に、莉奈は席を立った。
「今日は、話を聞いてくれてありがとう」
私は、何も言えないまま、彼女を見送った。