あなたが私を忘れても、わたしはあなたを忘れない。
どれくらい時間が経ったのだろう。
ようやく涙が落ち着いたころ、颯が口を開いた。
「……なあ、美月」
「……ん?」
「俺さ、ずっと、お前の幸せを願ってたんだ」
私はゆっくり顔を上げた。
颯は前を向いたまま話していた。
「美月が笑ってたら嬉しいし、楽しそうにしてたら安心する。だから、お前に好きな人ができたって聞いたときも……応援しようって思った」
少しだけ、声がかすれた。
「お前がそいつを好きなら、俺は邪魔しないほうがいいって」
胸が痛くなった。
颯は、私のことを好きなのだろうか。
そう思った瞬間、彼は小さく笑った。
「……でも、今日みたいに泣いてるのを見ると、無理だな」
「……颯?」
「好きなやつが泣いてるのに、何もできないふりなんて、もうできない」
颯は、ようやく私のほうを向いた。
その目は、いつもの明るい笑顔とは違っていた。
真剣で。
少しだけ、泣きそうだった。
「俺、美月のことが好きだよ」
息が止まった。
「友達としてじゃない。ずっと、一人の女の子として好きだった」
颯は、まっすぐに私を見つめていた。
「お前が誰を好きでも、幸せになってほしいって思ってた。それは今も変わらない」
そして、少しだけ苦しそうに笑った。
「でも、本当はずっと、俺が幸せにしたかった」
涙が、またあふれそうになった。
「……颯」
「今すぐ俺を好きになってほしいなんて、言わない」
颯は、そっと私の頭に手を置いた。
「好きな人がいることも知ってる。そいつを大切にしたいって気持ちも、わかってる」
優しい声だった。
でも、その奥には、ずっと押し殺してきた気持ちがあった。
「だけど、美月」
彼は私の目を見た。
「お前がつらいときくらい、俺にも頼ってほしい」
私は何も言えなかった。
「一人で抱え込まなくていい。無理して笑わなくてもいい。泣きたいときは、泣いていいから」
颯の手が、私の頭からそっと離れた。
「……俺は、お前を泣かせたくない」
その言葉に、胸がいっぱいになった。
「俺なら絶対に泣かせない、なんて簡単には言えない。好きだからこそ、傷つけることだってあると思う」
颯は、少しだけ笑った。
「でも、少なくとも、泣いてるお前を一人にはしない」
とうとう、涙がこぼれた。
颯は何も言わず、私の肩を抱き寄せた。
私は、その胸に顔を埋めた。
久しぶりに、誰かの前で何も考えずに泣いた。
湊のことを忘れたわけじゃない。
颯に気持ちが移ったわけでもない。
それでも今だけは。
誰かに支えてほしかった。
「……ごめんね」
「だから、謝んなって」
颯が小さく笑う。
「好きなやつに泣かれて、放っておけるほど、俺はできた人間じゃないんだよ」
その声が少し震えていることに、私は気づかなかった。