あなたが私を忘れても、わたしはあなたを忘れない。
ふと、湊がカップを置いた。
「ねえ、美月」
「なに?」
「最近、俺のことで何か悩んでる?」
心臓が跳ねた。
「……どうして?」
「なんか、前より無理して笑ってる気がする」
私は言葉に詰まった。
やっぱり、湊にはわかってしまう。
どれだけ笑っていても。
どれだけ平気なふりをしていても。
私が隠している気持ちは、彼に伝わってしまう。
「……ちょっとだけ、怖くなったの」
「怖い?」
「うん」
私はカップに視線を落とした。
「これから、湊がどうなっていくのか。私のことを、いつか本当に忘れちゃうのか。そうなったとき、私はどうすればいいのか……考えたら、怖くなっちゃった」
言ってしまった。
ずっと、心の奥にしまっていた気持ち。
湊は黙って聞いていた。
私は慌てて付け加える。
「ごめんね。こんなこと言うつもりじゃなかったの。湊だって、不安なのに……」
「美月」
顔を上げると、彼はまっすぐ私を見ていた。
「俺だって、怖いから」
その言葉に、胸が締めつけられる。
「自分のことがわからなくなるのも、大切な人を忘れるのも。昨日までできていたことが、できなくなるかもしれないのも」
湊は、少しだけ笑った。
「本当は、すごく怖い」
初めて聞く、彼の本音だった。
「でもさ」
彼はテーブルの上に置いていた私の手に、そっと触れた。
「美月に会ってるときは、明日のことを考えなくていい気がするんだ」
「……湊」
「今、楽しいなって思える。美月と話せて嬉しいなって思える。それって、俺にとってはすごく大事なことなんだよ」
涙がこぼれそうになった。
「だから、怖いって思ってもいいよ。俺の前では、無理して笑わなくてもいい」
湊は、私の手を優しく握った。
「俺だって、美月の前では、怖いって言いたいから」
私はうなずいた。
そして、ようやく本当の意味で笑えた気がした。
この人も、怖いんだ。
私と同じように。
それでも、今日を一緒に過ごそうとしてくれている。
だったら、私も。
怖いからといって、逃げたくない。