恋の模範解答を教えて~年下君の甘い執着に落とされまして~【完結】
「何の用ですか。私は仕事も終わりましたし、早く帰りたいのですが……」
「そう冷たくしないでください。あなたにとって、決して他人事ではない話をしに来たんですから」
神楽坂は和香の拒絶を軽くあしらうように喉を鳴らすと、試すような眼差しで一歩踏み込んできた。
「……妹の海さんの件ですかね」
「…海の?」
その名前が出た瞬間、周囲の喧騒がふっと遠のいた。
和香の全身に、一瞬で緊迫した空気が走った。
「いったい……」
「聞きたいのでしたら、食事でもどうですか?いいレストランを予約していますよ」
「……」
和香は息を呑み、足元に落ちる自分の影を見つめた。
海の件の真偽を確かめないわけにはいかない。だが、このまま無警戒についていくほどの愚かさも持ち合わせてはいなかった。
和香は逡巡の末、手提げバッグからスマートフォンを取り出すと、画面を操作した。
「彼にも一応連絡しておきます。浮気を疑われたら困りますから」
帆高へ『神楽坂さんと妹の件で話をしてきます。場所が決まったら送るね』と手短にメッセージを送信する。 その様子を傍らで見つめていた神楽坂は、くすりと喉を鳴らして笑った。
「あははは、そうですか。真面目ですね。とはいえ、今のあなたの婚約者は私ですよ」
「私はそんなこと、認めてません!」
きっぱりと言い放ち、睨みつけるように神楽坂を見上げる。
交わった視線には、温度差が存在しているように思った。
だが神楽坂は、その強い拒絶の眼差しすら愉しむかのように、優雅に片手を差し伸べて見せる。
「どうぞ、車へ」
歩道脇に静かに滑り込んできたリムジンのドアが開き、和香は緊張に身体をこわばらせながら後部座席へと乗り込んだ。
車内は重厚な革の匂いが漂い、静寂に包まれている。