恋の模範解答を教えて~年下君の甘い執着に落とされまして~
「……く、久東くん、」

名前を呼びかけた口唇は、瞬時に塞がれた。

「ん……っ!」

 逃げる隙すら与えない、強引で圧倒的なキス。
普段のスマートで丁寧な彼からは想像もつかないほど、激しく、深くて熱い吐息が和香の口腔を支配していく。
 戸惑いから顔を背けようと首を振るが、逃がしてはくれない。 呼吸すら満足にできず、和香は彼のジャケットの胸元をキュッと指先で掴んで必死に耐えることしかできなかった。

「……っ、ふ……っ、う」

 何度角度を変えて重ねられる熱い唇。頭の中が真っ白になり、膝の力が抜けそうになるのを、帆高の大きな手が腰をしっかりと引き寄せることで支えていた。
 どのくらいそうしていたのだろうか。 ゆっくりと唇が離された時、二人の間に甘い余韻を残す細い銀の糸が引いた。

「……なんで、“違う”なんて言うんですか」

 耳元で、掠れた低音で囁かれる。 帆高の大きな手が、和香の火照った頬を愛おしむように優しく撫で上げた。その瞳には、隠しきれない独占欲と切なさが揺らめいている。

「俺は……本気だって、言ったでしょう」
「……っ」

 荒い呼吸を乱しながら、和香は何も言い返すことができなかった。
脳裏に浮かぶのは、先ほど見せたののかの剥き出しの敵意。
 明らかに帆高に好意を寄せ、彼に執着していたののかの言動に対する、胸の奥をチクチクと刺すようなモヤモヤとした不快感。

(私……なんでこんなに、橋川さんにモヤモヤしているんだろう)

 そして何より、嫌がるどころか、彼の強引なキスを抵抗なく受け入れてしまっていた自分自身に対する激しい戸惑い。

―ただの“偽りの恋人”。

 そう自分に言い聞かせるための防波堤は、目の前の青年の熱い体温によって、跡形もなく崩れ去ろうとしていた。
 無言のまま、火照った瞳で帆高を見つめ返す。
暫くの沈黙の後、帆高はどこか意地悪く目を細めて言った。

「さっき……『久東くん』って言いましたよ」
「あ……ごめん、」
「じゃあ、罰で」

 そう言って、帆高はもう一度ゆっくりと顔を近づけてくる。
それは、本気で拒絶しようと思えば十分に避けられるほどの、ゆっくりとしたスピードだった。
それなのに―…。

和香は逃げるどころか、吸い寄せられるようにそっと目を閉じていた。

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