恋の模範解答を教えて~年下君の甘い執着に落とされまして~【完結】
「か、神楽坂……さん?そんな話、私は何も聞いていません」
「ご両親からまだお聞きになっていませんでしたか?すでに我が家とお宅のご両親の間で、お見合いと結納の話は具体的に進んでおりますよ。近いうちに正式にご挨拶に伺う予定です」

 淡々と、当然のように口にする神楽坂の言葉に、和香の全身からスーッと血の気が引いていく。
 妹を逃がすための時間稼ぎをしている真っ最中だというのに、親の手裏剣はすでに和香の喉元まで迫っていたのだ。
神楽坂は、和香の隣で冷ややかな殺気を放っている帆高へと視線を移した。

「……ところで、そちらの男性は?まさか、“彼氏”さんですか?」
「……っ、そうです!私の大切な恋人です!」

 和香が咄嗟に声を張り上げると、隣にいた帆高が躊躇なく和香の細い肩を抱き寄せ、自らの身体へと強く引き寄せた。

「はい、僕の大切な人です」

 見たこともないような刃物のように鋭い眼光で神楽坂を射抜く帆高。
その力強い腕の温もりに包まれながら、和香は改めて自覚していた。
 『フリ』のはずなのに、彼の胸の中に抱かれるたび、こんなにも愛おしく、安心してしまう自分を、もう二度と誤魔化すことなんてできないのだと。
 神楽坂は一瞬だけ驚いたように眉をひそめたが、すぐに余裕めいた笑みを浮かべた。

「なるほど。面白いですね。ですが、ご両親が認めるかどうかは別の話です。では和香さん、また近いうちに」

 神楽坂はそれだけ言い残すと、背を向け去っていく。
一人残された和香は、強烈な現実の重圧にその場にしゃがみ込みそうになり、頭を抱えた。

(どうしよう……お父さんたち、本気で話を進めてる。時間が、全然ない―…)

 絶望と焦燥感で呼吸が浅くなる和香の肩に、そっと温かい手が置かれた。
顔を上げると、そこにいたのは先ほどまでの激しい殺気を消し去り、どこか普段と違う、低く静かな雰囲気を纏った帆高だった。

「和香さん」
「……久東くん、」
「俺の家、来ますか?」

 その誘いは、いつもなら冗談めかして言われるような軽いトーンではなかった。
静かで、どこか真に迫った、逃がさないという意思を込めた眼差し。
『仮の恋人』という一線を越えてはいけない。ここで彼の部屋に行ってしまえば、もう引き返せなくなるかもしれない。 頭の片隅で警告音が鳴り響いていた。

けれど…―、冷え切った不安の中で、和香の心を満たしていたのは、「もう少しだけ、彼と一緒にいたい」という抑えきれない強い衝動だった。

「……うん。行く」

 和香は小さく頷き、彼の温かい指先をキュッと握り返した。

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