恋の模範解答を教えて~年下君の甘い執着に落とされまして~【完結】
 タクシーを拾い、揺られること二十分ほどで自宅マンションへと到着した。
静かな車内で夜風を感じながら座席に身を預けている間、あまりの心地よさに不覚にも意識が遠のきそうになっていた。
 到着を告げる運転手の声でハッと目を覚まし、重い瞼をこすりながら眠気眼で支払いを済ませて車を降りる。

「ねむ……ふぅ……」

 今日は結局、仕事も残したまま逃げるように定時退社してしまった。
しかもアルコールを入れてしまった以上、これから自宅で残務を再開するわけにもいかない。

「明日……ちょっと早めに出社して処理しなきゃ……」

 誰に聞かせるでもない独り言をつぶやき、夜の冷気から逃げるようにエントランスの自動ドアをくぐる。

――だが、明るい照明が灯るロビーに足を踏み入れた瞬間、和香の足はぴたりと凍りついた。

 視線の先に、見知った影が立っていた。

「……帆高、くん……?」

 そこにいたのは、いつもの柔らかで親しみやすい笑顔を完全に消し去り、瞳の奥に強い怒りと焦燥を孕ませた帆高だった。

「どこへ行ってたんですか」

 低い、静かな声が広いロビーに重く響く。

「スマートフォンに何度も電話したのに、電源が切れてるし」
「……あ、ごめん。ちょっと……外で飲んでて……」
「誰と?」
「……っ」

 詰問するように一歩踏み込んでくる帆高の威圧感に、和香は思わず顔を顰めた。
 鞄の内ポケットからスマートフォンを取り出して画面を点けると、帆高からの着信履歴とメッセージの通知が恐ろしい数で埋め尽くされていた。

「ごめんなさい……店の中にいたから、通知に気づかなかったみたいで……」

 言い訳をする和香との隙間を埋めるように、帆高が至近距離までぐっと身体を詰め寄せてくる。
ふわりと彼の体温と、かすかな香水の匂いが鼻腔をくすぐった。

「あの男……神楽坂と、一緒にいたんですか?」
「…………」

 瞳を冷たく光らせ、自分を逃がさないように見下ろしてくる帆高。
やましいことなんて何もない。自分は水瀬家と神楽坂との縁談をきっぱり断るために、一人で決着をつけに行ったのだから。
だが、問い詰められるにつれて、和香の胸の奥から冷たい感情がむくむくと込み上げてきた。
 脳裏に焼き付いて離れない、昼間の会議室での光景、ののかと帆高の、あの唇が重なり合っていたシーンが嫌でもフラッシュバックする。

(私のことを好きだって……一途に思ってくれてるみたいな顔をしておきながら……自分だって……橋川さんとキスしてたじゃない……)

 酒気のせいか、それとも恋着の裏返しなのか。
子供じみた嫉妬と怒りが胸を締め付け、和香は固く口を閉ざしたまま、真っ直ぐに自分を問い詰めてくる帆高の瞳を睨み返した。

< 78 / 190 >

この作品をシェア

pagetop