春雷ブロッサム
そして、体感時間が長く感じた電車移動も終わりを告げようとしている。
やっとわたしが降りる美園駅に到着し、わたしは男性にお礼を言おうと彼を見上げた。
するとそんな隙もなく、電車の扉が開くと同時に彼はわたしの腕を掴み、一緒に電車から降りてしまったのだ。
(えっ?!あれっ?!)
わたしは戸惑いながら、ただ彼の腕に引かれるままに改札を抜け、駅を出る。
外は既に真っ暗で月明かりに照らされ、空に浮かぶ薄い雲が光って見えていた。
「あ、あのぉ、あなたもこの駅だったんですか?」
わたしがそう尋ねると、彼は立ち止まりわたしの腕をゆっくりと離して、こちらを振り向いた。
「いえ、違います」
相変わらずの気怠そうな口調。けれど、嫌な感じはしない。
むしろ、その口調に色気さえ感じてしまうような低い声だ。
「えっ!なのに、どうして?!」
「家まで送りますよ」
「いや、そんな、そこまでして頂かなくても!」
わたしが手のひらを前に出しながらそう言うと、彼は表情一つ変えずに「迷惑でしたか?」と言った。
「いや、迷惑とかじゃなくて!あなたは、この駅で降りる予定じゃなかったんですよね?」
「違いますけど、ここからでも歩いて帰れる距離ですから」
彼はそう言うと、左右を交互に見たのちに「家、どっち方向ですか?」と訊いた。
彼のあまりの淡々とした態度と相変わらずの口調に、ついわたしも「···こっちです」と自宅がある方向を指差してしまう。
すると彼は、「行きましょう」と言い、わたしの自宅方面へと歩き出した。
そんな彼を追い掛けるようにわたしも足を進め、彼の少し斜め後ろを歩く。
(まさか、家まで送ってくれようとするなんて···)
そう思っていると、わたしはふとまだ彼にお礼を伝えていない事に気が付いた。
「あ、さっきは、ありがとうございました。助けていただいて、助かりました」
「いえ、別に気にしないでください」
前を向いたまま、相変わらずの口調にわたしは彼の目を盗んで見上げてみる。