春雷ブロッサム
電車が到着し中へ乗り込むと、冬柴さんは電車の扉の方を向き立っていた。
動き出す電車に揺られながら、外の景色を眺めている。
そんな時、冬柴さんの様子が先程とは違う事に気付いた。
やたらと瞬きが多く、何だか落ち着かない様子だ。
何かと思い様子を見ていると、冬柴さんの後ろに立っている男がやたらと冬柴さんに密着している事に気付く。
(こいつ···痴漢か)
何食わぬ顔をしながら、冬柴さんに近付くその男の姿に苛立ちを覚える。
その瞬間に俺は、無意識のまま冬柴さんの方へ手を伸ばしていた。
そして、掴んだ冬柴さんの腕を自分の方へ引き寄せ、彼女に危害が加わらないような体勢を取る。
冬柴さんは驚いていたが、驚いていたのは先程まで冬柴さんに密着していた男も同じだった。
俺が睨みつけると、男は焦った様子で顔を逸らせ、冷や汗をかいているようだ。
(やっぱりあいつ、痴漢野郎だったのか)
そう思いながら、俺は冬柴さんの方に顔を向けた。
彼女は驚いた様子で俺を見上げ、目を見開きながら何度か瞬きをした。
「あいつ、警察に突き出しますか?」
俺がそう訊くと、冬柴さんはまだ状況が呑み込めていないような様子で「えっ?」と声を漏らした。
俺は電車の扉に手を付けながら、首で奴を指すように横に振った。
「痴漢、されてましたよね」
「えっ···、あぁ···」
「···どうします?」
俺はわざと奴に聞こえるようにそう言ってやった。
満員状態をいい事に、何食わぬ顔で痴漢をするような奴は大嫌いだ。
すると、冬柴さんは手を前に出し、微かに横に振りながら「いえ!大丈夫です!」と言った。
何と無く冬柴さんは、そう答えるような気はしていた。
争い事が嫌いそうだから。
俺自身は今すぐにでも警察に突き出してやりたい気持ちだったが、被害に遭った本人が望んでいない事をするのは避けたい。
それから俺は、冬柴さんがこれ以上嫌な思いをしないように、出来るだけ他の奴らと接触しないように気を付けて過ごした。