春雷ブロッサム
と思ったが、密着しているのは、背中というよりも腰···、いや、下半身だ。
不自然に下半身だけにあたっている何か。
それは鞄などの荷物ではない。
固く熱の籠った体温を感じるモノだった。
(え···、嘘でしょ)
まさか、36歳にもなるおばさんに痴漢する人などいるはずがない。
わたしは自分の勘違いだと思いながらも、気持ちが悪い気配から逃れようと、少しだけ身体を横にズラした。
しかし、わたしの下半身にあたる"それ"は、わたしの動きについてくるかのように離れない。
電車内の空気は悪く、人の多さから熱気さえ感じられたが、わたしの背筋は凍り付き、鳥肌が立った。
わたしは肩に掛けているトートバッグの取っ手を握り締めながら、ふと扉のガラスに映る後ろに立つ人の姿を確認した。
わたしの後ろに立っていたのは、どこにでもいるようなスーツを着た40代くらいのサラリーマンらしき男性だった。
この歳になって痴漢に遭うなど、考えた事もなかった。
わたしが降りる駅は、まだ3駅先だ。
次の駅にすら、まだ到着していない。
(早く···、早く着いて···)
そう強く願い、気持ち悪さを堪えている時だった―――
ふと、わたしは腕を掴まれ、引き寄せられた。
驚きのあまり理解出来ないままでいると、わたしはいつの間にか両開きの扉の右寄りの扉の前から左寄りの扉の前まで移動して来ていて、扉を背にして立っていた。
(―――えっ?)
それからふと見上げると、わたしの目の前には長身の一人の若い男性が立っていた。
シャープな輪郭に涼し気な瞳、鼻筋が通り、薄くも分厚くもない程良い唇―――
その横顔は、あまりにも整い過ぎていて美しいとさえ感じた。