想定外につき、対処不要
 社長に促されて着いたのは、応接間の正面にある会議室だった。そのまま社長はドアを開け、俺のほうを向くと、軽く頷いてみせた。俺は足を進めてドアの左側に立ち、社長がドアを閉めるのを見届けていた。すると、社長は席に座るよう手で示し、少し距離を空けて、おもむろに口を開いた。

「これからコンプライアンス部の奴が聞き取り調査に来る。僕は止めたけど、形式上必要だと押し通された。だから余り堅くならないで。僕が近くに居るから、ね」

「承知しました」俺は社長の言葉に応え、姿勢を正して、その時を待った。

 だが、直ぐにノックの音がして、ドアが開くと共に「失礼致します」と男性の声が聞こえた。その男性は俺の左側を通り過ぎ、目の前の椅子に腰を下ろした。

 男性は机の上に手帳やペンを置き、自身の左側に冊子などを束ねた物を置いた。そして鞄から眼鏡ケースを取り出し、眼鏡を手にして掛けながら、漸く口を開いた。

「木崎柊介さん。これから、幾つか重要な点だけお尋ねします。回答が不十分だと判断した場合は、再度確認することがありますので、ご了承下さい」

「かしこまりました。どうぞ、ご遠慮なく」俺がそう答えると、すかさず男性は手帳を開いてからペンを持ち、冊子を横に開いた。

「では、社の規定についてですが、把握しておられますか?」

「勿論です。全て頭の中に入ってます」そう答えてから、男性は俺の顔を軽く眺め、視線を戻し、続けた。

「立花という女性社員の事をご存知であれば、詳しくお話下さい」

「はい。先日、支社から視察だと訪ねてきて、現場を見てから帰って行きました。その他については、昔の事ですが、1、2週間ほど担当業務の流れを覚えて貰うように、と上司から任されました。必要であれば、自宅に保管している手帳を持って参りますが……」

「結構です。では、少し踏み込んだ質問に移ります……」男性は俺の答えに被せ気味に口にしてから、少し言い淀んだ。そして、俺のほうに顔を向け、再び口を開いた。

「女性に対して個人的な提案をしたことは御座いますか?」

「一度も有りません」俺がそう答えると、男性は直ぐに「では、女性の方から提案をされたことは……」と、また言い淀んだ。そこで俺は迷わずに答えた。

「現場から休憩に行く際に、食事を一緒にと言われましたが、断りました」

 すると、男性は溜息を吐き、手帳を閉じた。それと共に机の上を片付け始め、社長のほうに向かって声を掛けた。

「以上です。これで失礼致します。ご協力有難う御座いました」

 男性が去るのを俺も社長も見送り、会議室の緊張した空気は徐々に和らいでいった。
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