想定外につき、対処不要
 現場に着いてみると、彼女は監督の隣の椅子に座っていて、撮影はまだ続いてるようだった。俺は飲み物コーナーに向かい、紙コップを二つ用意し、温かいお茶と珈琲を注いだ。近くにいた女性スタッフに声を掛け、二人に渡すように伝えた。スタッフが差し出すと、監督は直ぐに振り向いたが、彼女はスタッフに声を掛けただけで、こちらを向くことは無かった。

 パーカーも渡せば良かったと思ったが、それ以上立ち入ることはしなかった。
 そこで、俺はさり気なくメイク担当や衣装担当のところに行き、彼女の様子を尋ねたが、特に変わったことは無かったと返された。長年付き添う人達の言葉に説得力はあっても、俺は少しの不安を浮かべていた。

 すると、豆田が現場に顔を覗かせ、こちらに向かって来ると、周りを軽く見渡してから、静かに口を開いた。

「おはようございます。この前は、大丈夫……でしたか?」

「おはようございます。その件については、お気になさらず」俺がそう応えると、豆田は隣に並んで立ち、前を見たまま声を掛けてきた。

「そっか、片付いたんだ。良かったね」

「ご迷惑お掛けして済みませんでした」

 俺は撮影を見て応え、豆田は周りを見ながら会話を続けた。

「別に気にしないよ。でも、昨日まで楽しそうだったのに、今日は元気なさそうだね……」

 何を言ってる?そう思って、俺は周りを見回したが、撮影は順調で彼女も以前と変わらないままだった。いや、待て。豆田の視線は彼女のほうを向いている。

 良く気づくな、と思った。でも、俺と同じように見ている豆田に、軽く肩の力を抜いていた。自分の居ない間、彼女は周りの人達と適切な距離で接していることを知り、俺は警戒していたことを少しだけ思い直した。

「お気遣い有難うございます。この先の撮影も、咲山を宜しくお願いします」そう言うと、豆田は回り込むように、目の前に来て、口を開いた。

「承知しました。ていうか、今度から敬語やめて話そうよ」

「善処致します」思わず答えると、豆田は被せ気味に、「ほら、そういうとこ」と言って、俺のほうを見てきた。

「分かりました。こうでしょうか」そう言いながら、俺は軽く口角を上げていた。

「まぁ、妥協点だね。あ、佐伯さんが連絡してこねぇってぼやいてたよ。じゃあ、また」

 なぜだ。あいつが連絡してきたら良いだけの話なのに、豆田に言わせて……。そう思ったところで、飲みに行った際に、高い酒を奢らせることを企てた。

 そして、俺は姿勢を正し、撮影や彼女に目を配り、佇みながら夕方を待った。
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