想定外につき、対処不要
 俺が座ると同時に、彼女は足を横にして座り直した。そこから彼女は俯くように目を伏せ、手先を執拗に動かしていた。
 
 俺は思わずそこに手を伸ばそうとしたが、その手を自分の膝の上に戻した。

 すると、彼女の指先が止まったのが見えた。細い指が解け、太ももの辺りに、力なく下りた。そして左の人差し指を、右の手で軽く掴んでいた。
 
 そこで俺が顔を向けると、彼女の口がおもむろに開いた。

「社長から、聞いた……」彼女は戸惑うように息を吐いたあと、こちらに近づいてきた。

 そして、彼女は左手で俺の右手を軽く掴み、腕の辺りに額を押し付けた。

「どうして、何も言ってくれないの……?」

 その声はどう聞いても頼りないのに、俺は触れることすら出来なかった。

 小さな背中が呼吸に合わせて微かに動くのを捉えたまま、俺は口を開いた。

「済みません……でした。その件は、もう終わりました。気にしないでください」そう言うほかに無かった。

 だが、彼女は少しずつ顔を上げ、こちらを見つめてきた。その目はあの日の夜に向けられたものと同じだった。

 俺が視線を合わせたままで居ると、彼女は僅かに口を開いた。

「じゃあ……あの時言ってた事は、嘘だったの?」

「僕は、君に嘘を吐いた事は一度もない」少し声を上げていた。

 それでも彼女は一切揺るがず、口を静かに開いた。

「僕は、君の……」

 それを聞いた瞬間、彼女の声に、昔の自分の言葉が重なった。

『マネージャーになって、仕事を取ってくる。君は、付いて来るだけでいい』

 俺は声も出せずに、彼女を抱き寄せた。軽く呼吸を整えてから、優しく身体を離した。

「ごめん……。君だけには負担を掛けたくない」

「それの何がいけないの?」

 彼女は俺の腕を強く掴んだ。その目は真剣で、こちらを捉えて、離そうとはしなかった。

「俺は、璃乃のことを、愛してる」

 そう口にしたとき、俺の中で何かが動いた気がした。

「知ってる……。ずっと前から同じだった……」

 彼女の目が微かに緩んで見えて、俺は腕を掴んでた手を優しく解き、細い指を軽く握った。

「璃乃」

「なに」

 互いに視線を合わせたところで、俺は一呼吸置いてから、口を開いた。

「俺と、結婚してください」

 言い終えた瞬間に、彼女の瞳から、一粒の雫が落ちていった。

「……いいの? そんな早く決めて……」

 俺は彼女の頬を親指で優しく拭いながら、再び口にした。

「はい。遅いくらいだと思ってます」俺がそう言うと、彼女は少し笑って、小さく頷いた。

 堪らず俺は彼女を引き寄せ、唇を重ねて、深くまで求めた。彼女の身体が静かに倒れていき、俺は追うようにして、そのまま彼女を愛しながら抱いた。
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