想定外につき、対処不要
 古びた半ドーム型の野外ステージ、その前に連なる長椅子。前方の真ん中辺りに視線を移した時だった。

「君は、あの日より前から、璃乃の事を知ってたんだろ?」

 社長は軽やかな声で尋ねてきたが、俺は前を見たまま応えた。

「噂だけは耳にしてました。ですが、私には関係有りません」

 すると、社長は辺りを見回し、ポケットから煙草を取り出した。そして、1本手にしたまま、前を向いて言った。

「まぁ、君の目が確かだったってことだな」

 手にした煙草を箱に戻し、ポケットに仕舞ってから、社長はおもむろに席を立った。そして、1歩前に出て、後ろで手を組み、胸を張るようにして言った。

「でも、僕が先に見つけたんだから、証人は僕が適任だと思うけどね」

 少し威厳を含ませた口調に、思わず俺は照れくさくなり、軽く息を吐いてから返した。

「お時間があれば、どこかでお願い致します」

 途端に社長は振り返り、直ぐに口を開いた。

「何言ってるの、今でしょ」そう言ってから、「近くに良い定食屋あるんだ、そこで飯でも食べよう。ただし、君の奢りで頼むよ」と軽く笑い、足を進めて行った。

「承知しました」俺はそう言って、後を追ったが、聞こえているかは分からなかった。付いて行くうちに、社長から鼻歌が聞こえてきて、俺の心も弾んでいた。

 定食屋に着いてからは、向かい合わせで食事をしながら、社長は当時の俺の事を持ち出して、茶化してきた。それを聞いて、俺は苦笑いをしたが、止めることはせず、黙って聞き流した。

 食事を終えると、社長は直ぐにこちらを急かし、俺は鞄から赤い縁取りの紙を取り出し、テーブルの上に広げた。そして、ペンを取り出してから、社長のほうへ静かに置いた。

 すると、社長はペンを手にして、口を開いた。

「こういう事は先回りしておかないとね。璃乃は逃げ足が速いから……」と言って、鼻息を飛ばした。

 そこで俺は思わず口角を上げ、一息吐いてから返した。

「なるべく、そうならないように心掛けます」

「まぁ、僕の所に来るだろうけどね」社長は言いながら、空欄に書き記していき、埋めたところで、再び口を開いた。

「こっちの欄はどうするの?」

「そちらは昔の担当だった奴……、作曲家の人に頼みます」俺がそう答えると、社長は口の端を上げ、直ぐに戻して言った。

「佐伯くんか。懐かしいね。たまには顔出せって伝えておいて」そう言って社長は書き終えると、こちらにペンを差し出した。

「承知しました。ありがとうございます」

 俺はペンを受け取り、紙を丁寧に鞄の中へ仕舞った。

 そこから、二人で定食屋を出て、本社に向かって行った。
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