想定外につき、対処不要
 自部署のデスクの前に立ち、メールを一件ずつ確認していると、隣の同僚が話し掛けてきた。

「お疲れ。スーツ以外の木崎、初めて見たけど、また騒がれるぞ」

 同じ言葉を聞き、俺は直ぐに返した。

「その件は既に終わらせてる。忠告ありがとう」

 すると、同僚は「なるほど」と言って、こちらを窺うような素振りをしていた。そこで俺が視線を向けると、同僚は口の端を上げていたが、こちらと目が合うと、直ぐに戻して言った。

「近いうちに何人か辞めるだろうけど、余り気にするなよ」

 俺は何を指してるのか理解出来ず、軽く首を傾げたが、再び同僚と目が合ったところで、その口が開いた。

「結婚おめでとうございます」

「ありがとう、ございます」

 思わず返してみたけど、同僚の顔や態度からは、話の内容を裏付ける手掛かりが何一つ見当たらなかった。

 そこで同僚はデスクに向き直り、俺もメールの処理や打ち合わせの調整に取り掛かった。暫く作業に打ち込み、少し目処が立った頃に隣を見ると、同僚は席から離れていた。ふと溜息を吐き、残りの作業に取り掛かろうとした時、誰かが近づいてくる気配を感じた。

「あの……、木崎さん」そう声を掛けてきたのは女性だったが、俺は顔を向けずに、様子を窺った。

「なんでしょうか」

 その女性は俺の隣に来ると、こちらを見上げているようだった。

「終わったら、二人でどこかに行きませんか?」

 これは、どういった了見だ?と直ぐに考えたが、それよりも先に口が開いた。

「済みません、予定があるので」そう言いながら、俺は入力を続けた。しかし……。

「いいじゃないですか、たまには。息抜きも必要ですよ」と女性が言った。

 なぜだ。何を言われているのか全く理解出来ない。いや、待て。まさか、と思い、ノートパソコンを閉じた。

「申し訳有りませんが、まだ業務が残ってますので、失礼致します」俺はそう言って、踵を返した。

「待ってください。私、木崎さんのことが好きなんです……」その声は周りに配慮したものだったが、俺にはどうにもならなかった。

「でしたら、お忘れ下さい。私には妻がおりますので」そう口にしたとき、俺は漸く実感が湧いていた。

 だが、女性は俺のほうを見て、「つまんない男」と呟き、直ぐに去って行った。

 つまらない……。これはギャグだろうか。いや、そうじゃない。もう考えるな。仕事も終わったし、自宅に帰って休もう。そう思って、俺は自部署を後にした。
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