想定外につき、対処不要
 本社を出ると、外は夕方を過ぎた空が広がり、帰宅を急ぐ人が疎らに歩いていた。俺はそれを横目にしながら、駐車場へ行き、静かに車に乗り込んだ。そこでポケットから携帯を取り出し、画面を立ち上げると、着信履歴が3件と彼女のメールが1件残っていた。

 俺は直ぐに彼女からのメールを開いて内容に目を通すと、夜に俺の自宅に来るということが記されていた。思わず口角を上げて、そのまま着信履歴を確かめた。そこには佐伯という名前が並んでいて、直ぐに口元を戻し、目を細めながら電話の印に親指で触れた。

 すると、コール音も鳴らないうちに、佐伯は電話に出た。

「木崎、連絡してるんだから、折り返しくらいしろよ」

「済みません、少々立て込んでました」

 佐伯の苛立つ声に、俺は何食わぬ顔で返したが、軽い溜息が聞こえた。

「1時間後に店を予約してある。飯でも食おう」

「丁度暇していましたので、その通りにお伺い致します」俺がそう応えると、佐伯は「じゃあな」とだけ言って、電話を切った。

 だが、即座にメールが来て、それを開くと、店の地図だけ添付されていた。用意周到な彼の行動に呆れたが、良い機会だと思い直し、自宅に車を置きに行った。

 部屋に帰ってから、クローゼットを開けて、スーツで行くべきか悩んだ。しかし、それでは堅い気がして、少し暗めのカジュアルな服装を選んだ。そして、着替えてから、洗面所に向かい、軽く身なりを整え、眼鏡を拭いて洗面所を後にした。

 リビングに置いた鞄を手にし、中身を確かめて、携帯を取り出し、タクシーを手配した。それからカップに少しだけ珈琲を入れ、暫しの休息を取ってから、部屋を後にした。

 自宅から出ると、目の前でタクシーが停まり、俺は乗り込んで住所を伝えた。そこから、大通りに向かい、繁華街の中通りを抜けて、懐石屋の前にタクシーが停まった。

 あいつにしては良い店を選んだと思ったが、奢らせるには充分だと考え、足を進めて行った。店に入って店員に名前を伝えると、直ぐに個室まで案内され、襖が開くと同時に煙草の匂いが鼻についた。

 直ぐに俺が時計に視線を向けると、佐伯が見計らったように声を掛けてきた。

「きっかり5分前だ。座れよ」

「当然です。失礼致します」

 俺は襖に近い席に腰を下ろし、正座をして、鞄から紙を取り出した。

 テーブルの上に紙を広げたところで、佐伯は何も言わずに、万年筆を右側に置いた。
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