ENFJホストは、30歳INFJフリーターの初恋でした。
数日後。
大阪へ向かう新幹線の中。
由夏は、窓の外を流れていく景色をぼんやり眺めていた。
「……大阪、久しぶりだな」
小さく呟く。
東京に戻ってから、もう10年以上。
高校時代を過ごした場所。
けれど、懐かしいという感覚はそこまで強くなかった。
高校を卒業してから、人生はひたすら忙しかった。
資格を取って。
働いて。
辞めて。
また働いて。
気づけば30歳。
恋愛経験だけは、驚くほど何もない。
というより。
できなかった。
好きになるということ自体が、よく分からなかった。
ただ1人を除いて。
「……」
由夏は目を伏せる。
脳裏に浮かんだのは、10年以上前の記憶。
廊下の向こう側。
友達と笑いながら歩いていた、1人の男子生徒。
晴間蓮。
高校時代、由夏が密かに恋をしていた人。
けれど、その恋は何も進むことなく終わった。
親友のみゆから、
『晴間先輩、彼女おるで』
そう聞いた瞬間。
最初から何もなかったことにした。
告白なんて、とてもできなかった。
自分なんかが。
そう思っていた。
だから卒業して、それで終わり。
__終わったはずだった。
「……面接、か」
由夏はスマートフォンに表示された住所を見る。
大阪の繁華街。
「ここ?」
たどり着いたのは。
豪華な外装。
どっしりとして、高級感のある自動ドア。
「めちゃくちゃ綺麗な建物……」
みゆとのメッセージ履歴を開く。
⸻
《あ、そうそう》
《住所から先にいろいろ調べたりせんといてな!》
《人生、たまにはサプライズもええやろ?》
⸻
と、言われて。
そのまま来てみたけれど。
「いや、これはもう気になりすぎる……」
スマートフォンで検索をかける。
その結果に思わず、息を呑んだ。
「……ホストクラブ」
しかも、なかなかの大手。
キャストの写真は、ナンバー3まで出ていた。
店の代表の情報は、名前だけ。
正直、水商売に抵抗は全くない。
仕事内容だけを聞いた限り、面白そうだった。
広報。
マネジメント。
スケジュール管理。
接客。
事務。
会食。
大体は経験がある。
転職するつもりはなかったけれど、面接くらいなら。
そんな軽い気持ちだった。
だけど。
どこがサプライズなんだろう。
「……とりあえず、入ってみよう」
自動ドアをくぐり。
黒服に案内され。
代表室のドアを開けて。
「失礼いたします」
そう言って顔を上げた瞬間。
__世界が、一瞬だけ止まった。
「……え」
目の前にいた男。
黒いスーツ。
明るいミルクティー色でくしゃっとした髪。
自信に満ちた表情。
周囲の人間から自然と視線を集めそうな存在感。
そして。
「初めまして。宵護蓮です」
その声。
忘れるはずがなかった。
「…………」
由夏の心臓が、あり得ないほど大きく跳ねた。
宵護蓮。
この店の代表。
けれど、由夏にとっては。
晴間蓮。
高校時代に、廊下ですれ違うだけで胸が苦しくなった人。
ずっと好きだった人。
人生で1度だけ、本気で好きになった人。
「……霞心由夏です。本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
声は震えなかった。
顔にも出なかった。
由夏は自分でも驚くほど完璧に仕事モードへ切り替えていた。
ただ。
__心臓だけは、全く言うことを聞いてくれなかった。
ねぇ、みゆ。
サプライズの正体が。
まさか、先輩だったなんて……。