ENFJホストは、30歳INFJフリーターの初恋でした。
「……今さらなんやけど」
蓮が履歴書に再度目を落とす。
「緑乃原みゆと同級生なんやろ?」
「はい」
「◯◯高校?」
由夏は一瞬。
呼吸を止めた。
「はい」
「俺も◯◯高校なんよ」
蓮の目がぱっと輝いた。
由夏の心臓が。
大きく跳ねる。
「そう……なんですね」
由夏は平静を保った。
動揺を見せてはいけない。
見せたら。
蓮への想いが。
あの日からずっと。
1度も壊れずに。
抱え続けている想いが。
ばれてしまうかもしれないから。
「なんで俺、知らんかったん?」
蓮は少し考える。
「……」
どうして。
そんなことを聞くの。
「まぁ、そっか。学年ちゃうもんなぁ」
そして、笑った。
それは、まるで大切な人と再会したかの様な表情だった。
「……」
由夏も。
静かに笑った。
けれど。
胸の中は。
全く穏やかではない。
__何度も会っています。
__何度も。
廊下ですれ違いました。
階段でも。
昇降口でも。
体育館へ向かう時も。
あなたは気づかなかったけれど。
私は。
何度も。
何度も。
あなたを見ていました。
ずっと。
ずっと好きだったから。
けれど。
そんなこと。
言えるはずがない。
「あ、そうそう」
拳を手のひらにぽんっ、と打ちつける蓮。
「住むところ、こっちで用意するわ」
「よろしいんですか?」
「もちろん。うちで働いてもらうんやから」
そして当然のように続けた。
「タワーマンションでええ?」
やっと出会えた人材を手放したくない。
そんな思いから出た提案だった。
「……いえ」
「え?」
「結構です」
「なんで?」
「まだ何も成し遂げていない人間が、そのような場所に住むべきではないと思っていますので」
「……」
蓮は固まった。
こんな返答をされるとは思っていなかった。
「じゃあ普通のマンション?」
「できれば、一般的なアパートでお願いします」
「ほんまに?」
「はい」
その目は本気だった。
思わず息を飲む蓮。
「……わかった」
「ありがとうございます」
「じゃあ後は光熱費と水道代も俺が持つわ」
「自分で払います」
由夏は数秒黙った。
そして。
「……なぜそこまで」
「俺からの歓迎の気持ち」
「……」
沈黙が流れる。
この人は嘘をついていない。
由夏は一瞬で見抜いた。
ここは素直に。
受け取る方が良いかもしれない。
そして。
「……ありがとうございます」
「っしゃ」
その顔は、妙に嬉しそうだった。
「あとな」
蓮は手元の履歴書に視線を落とした。
「うちの店な、全員お互いのこと下の名前で呼ぶねん」
「……下の名前、ですか?」
「せや。ホスト同士も、黒服も、マネージャーも。そっちの方が距離縮まるしな」
「ただなぁ……」
「?」
「俺も名前で呼ばれたいねんけど、みんな遠慮して『代表』って呼ぶんよな」
「ああ……」
「別に俺、そんな怖ないのになぁ」
そう言って、蓮は笑う。
その表情は。
どこか子どもっぽかった。
「まぁ、立場上しゃあないんやろうけど」
由夏は小さく笑った。
「皆さんから信頼されていらっしゃるんですね」
「そういうことにしとこかな」
蓮も笑う。
そして。
再び手元の履歴書へ視線を落とした。
名前の欄。
そこに書かれた文字を、指先でなぞるように確認する。
「……霞心、由夏」
ぽつりと呟いて。
顔を上げた。
「由夏」
「……っ」
心臓が。
大きく跳ねた。
__由夏。
今。
私の名前を。
呼んだ。
付き合っているわけでもない。
ましてや、今日初めて会ったばかり。
それなのに。
高校時代からずっと好きだった人に。
ずっと、心の中で何度も呼んでいた人に。
自分の名前を呼ばれた。
たった2文字。
それだけなのに。
「…………」
胸の奥が、どうしようもなく騒がしい。
心臓が速い。
顔が熱い。
もう1度呼んでほしい。
そんなことまで思ってしまう。
けれど。
「……はい」
由夏は、何事もなかったかのように返事をした。
声も。
表情も。
完璧だった。
仕事モードの自分は、こういう時だけは裏切らない。
「これから由夏って呼ぶから」
「……承知しました」
「堅っ」
蓮が笑う。
「そんなかしこまらんでええって」
「申し訳ありません。癖で」
「そっか」
蓮は楽しそうに笑った。
そして。
「じゃあ、改めて」
少しだけ姿勢を正して。
由夏を見る。
「これからよろしくな、由夏」
また。
呼ばれた。
「……っ」
今度こそ、心臓が壊れるかと思った。
けれど由夏は。
ほんの少しだけ目を細めて。
いつもの穏やかな笑顔を浮かべた。
「……はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
完璧な返事。
完璧な表情。
けれど。
__心の中では。
無理。
心臓、無理。
今、名前……2回も……。
しかも。
「これからよろしくな、由夏」って……。
高校生の頃の自分が知ったら。
きっと泣いて喜ぶ。
ずっと好きだった人に。
こんなふうに名前を呼ばれる日が来るなんて。
夢にも思わなかった。
それでも。
由夏は何も知らない顔で。
ただ静かに笑っていた。