氷の外科医
……美雨は、もう家に帰っただろうか。




『今日は友達と買い物に行ってくるね〜』


今朝、そう嬉しそうに話していた彼女の笑顔が脳裏をよぎる。




雨が強くなってきた。


傘はちゃんと持っていったのだろうか。


転びやすい奴だから、足元が滑ったりしていないだろうか——




無表情な仮面の裏で、ほんの数秒だけ過保護な彼氏の本質が顔を覗かせる。



裕人は無意識に小さく息を吐き出すと、次の瞬間には何事もなかったかのように、再び冷酷なまでに完璧な医師の顔を取り戻した。


ポケットからスマートフォンを取り出して、彼女に連絡、なんてこともしない。


職場に私情を持ち込むなど、この時点での彼にとってはあり得ないことだった。




「黒崎先生、次の方の血液データ上がってきました〜」


「見せてくれ。
……ん、このデータなら予定通り帰宅許可でいい。処方指示を忘れるなよ」


「了解です!」



淡々とこなされていく業務。


緊迫感が少し薄い、救急外来の夜。



その静寂を切り裂くように、赤色のホットラインの受話器が甲高い悲鳴を上げたのは、この後すぐのことだった。


この一本の電話が裕人の態度を豹変させ、みんなを戸惑わせる引き金になったのは間違いない。




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