今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
 手をぎゅっと握りしめて、自分を鼓舞する。

「わ、我がままを言ったのはあなたでしょ? それを全部、私がやったことにして」

「はあ? 唯の癖に私に文句を言うっていうの?」

 珍しく言い返した私に、舞の視線が鋭くなる。それだけで喉がひくついた。

 幼少期から、彼女はいつだってその視線ひとつで私を黙らせる。最初は私だって反論していたけれど、両親をはじめ誰も私の味方になってくれなかった。
 舞の言い分は無条件に受け入れられ、私の言葉には眉を顰められる。
 その繰り返しに、次第に私はいろいろなことを諦めるようになっていた。そして、どんどん助長していく舞のことが怖くなった。

「そんなつもり、あるはずないわよね。だあれも、唯の言うことなんて信じないんだから」

 得意げにそう言った舞に、当時の苦い記憶がよみがえってくる。

 レッスンを受けていたのは、五歳頃の話だ。当然メイクをしているわけでもなく、私たちの見た目は本当にそっくりだった。数回顔を合わせただけの講師では、見分けがつかなっただろうし、黙っていれば両親すらわからなかったかもしれない。

『唯ったらやりたくないって、先生を困らせてばかりなんだよ』

 声が大きく主張も堂々とできる舞が、私がなにかを言うより先に両親に捲し立てる。

『私はダメだって言ったのに』

 そんな舞の主張を、彼らは少しの疑いもなく信じた。

 一時とはいえ祖母のもとにいた私と、ずっと自分たちの手で育ててきた舞とでは、思い入れに違いがあったのだろう。
 舞との扱いの差が、苦しかった時期もある。見た目はまったく同じなのに、どうして私は受け入れてもらえないんだろうと何度も泣いた。

 実際に、私と両親との間には今でもぎこちなさが残っている。こちらからは素直に甘えられないし、彼らも舞に対する態度とは違う。どこか他人行儀が拭えず、親戚の子に接するような感覚なのかもしれない。

 その後も新しい講師がやってきたが、舞の態度は変わらなかった。
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