今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
「ずっと辛い思いをさせて、すまなかった」

 頭を下げる父を、じっと見つめる。

「そんなつもりはなかったという言葉が、自分たちに都合のいい言い訳だとわかっている。実際に唯はこれほどまで傷ついているということも、こうして話をして初めて気づいた。これまで本当にすまなかった」

 再び父は頭を下げたが、心は動かされなかった。

 ただ、自らの非を認めた父の姿まで否定するつもりはない。

「今はまだ、謝罪を受け入れるのは難しいです。時間が経ったとき、また違う気持ちになるかもしれません」

 そう伝えるだけで精いっぱいだ。

「ありがとう、唯」

 寂しそうな笑みを見せた父は、まだもの言いたげな母を連れて帰っていった。

「蓮さん」

 彼らの気配がなくなり、ほっとしたところで隣に座る蓮さんの方を向く。

「一緒にいてくれて、ありがとうございました」

 彼の存在がなかったら、感情任せに声を荒らげていたかもしれない。

「唯を守るためだ。俺は、君を不当に傷つける人間を許すつもりはない」

 肩を抱き寄せていた彼の手は、私が感情を昂らせるたびに力がこもった。おそらく蓮さんは、私のために起こってくれていた。

 それでも口を挟まなかったのは、私を信頼していたからだと勝手に思っている。私なら、言いたいことをきちんと伝えられるだろうと。

「蓮さんのおかげで、子どもの頃から両親に対して抱いていたモヤモヤを晴らすことができました」

 両親とは、これでひとまずの区切りをつけられた。

「それなら、よかった」

 舞に、会いたいとは思えない。
 顔を合わせたところで、彼女は暴言をぶつけてくるだけだろう。おそらく今でも、私が悪いのだと信じ切っているに違いない。傷つけられるとわかっているから、彼女とは距離があるくらいでちょうどいい。

 これからは、蓮さんがいてくれる。数カ月もしたら、子どもも生まれる。
 お義母様やお義父様も、私の妊娠を手放しで喜んでくれている。

 明るい未来を想像すれば、悲しみはすっと薄れていった。

「私には新しい家族ができるので、もう前を向いていけます」

 体を離して至近距離から私を見つめた蓮さんは、それから両腕の中に囲い込む。
 顔を上げると、彼はお互いの額をつけてきた。

「唯も子どもも、俺が必ず幸せにする」

 気恥ずかしいけれど、それ以上に幸せで笑みが浮かぶ。

「愛してる、唯」

 そっと口づけられ、熱くなった頬を隠すように彼の胸もとに頬を寄せた。





< 110 / 111 >

この作品をシェア

pagetop