今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
 身を縮こませていると、話はそれだけだというように蓮さんがさっと立ち上がる。

「部屋を案内する。リビングとキッチン、バスルームは自由に使ってくれてかまわないが、俺が許可しない部屋には入らないように」

「わかりました」

 すでに歩きだしている彼の後を、慌てて追う。

 私を受け入れようという気は、彼からまったく感じられない。それなのにわざわざ案内してくれるなんて、なんだかちぐはぐだ。

 婚約者となった私を拒否しているというより、結婚そのものが受け入れがたかったのだろうか。決して友好的ではないが、単に冷たい人だとは言いきれない。

 案内を終えると、蓮さんは仕事があるとマンションを出て行ってしまった。

「仕事って……今日は日曜日だし、もう夕方なのに」

 与えられた部屋に入り、持ち込んだ荷物を整頓する。

 クローゼットにかけたのは、ちょっと派手で露出度が高めの服が多い。

『私っぽく振る舞ってよね』

 舞はそう言っていたけれど、私には難しい。それならせめて見た目だけは寄せるようにと、彼女の着なくなった服を持たされた。
 さすがにこれらを着てお義母様のもとへ通うのは憚られるため、自分の普段着も何着か持ってきている。

 それから、父に持たされた和服も。着付けの練習に使いなさい、ということだろう。
 その気遣いをする前に、とんでもない提案をする舞を止めてほしかった。

 入れ替わりの話を聞かされて、さすがに私は固く拒否していた。
 それにもかかわらず、舞は独断で話を進めてしまう。ひとたびこうだと決めると、絶対に意見を翻さないのが舞だ。

 彼女はまず、私になりきって勤め先に連絡を入れていた。嘘の理由をでっちあげて、勝手に退職の手続きをとっていたのだ。
 私が直接間違いだと訂正すれば、撤回できたのかもしれない。
 でも双子の姉がだまし討ちのように連絡を入れたなど、言えるはずがなかった。とっくに成人した大人のすることじゃないし、打ち明けるにはあまりにも恥ずかしい。

 退職を撤回してもらえたとしても、同僚たちは私をもう二度と信頼しないだろう。肩身の狭い思いをすることなど目に見えていたし、会社にも迷惑になる。

 そもそも幼少期から舞の言うことは絶対で、私の言葉なんて周囲は信じてくれない。そんな経験を何度もしてきたし、その筆頭が最も近しい両親だ。

 なにを言っても無駄だと早々に諦めるのは、私にとってあたり前になっていた。



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