今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
「そうだ、お夕飯はもう食べましたか?」

 彼のために朝食を作るようになって、二週間ほどが経っている。まだ四月の終盤だというのに、今日は気温がぐんぐんと上がって過ごしづらい一日だった。

「今日は、取引先との会食があったから」

 仕事の付き合いとはいえ、食事を抜いていないようだと安堵する。

 そんな私を見ながら、彼が思案顔になった。

「明日の夜は、なにも予定がいない。できたら夕食を用意してくれないか」

「もちろんです。なにか、リクエストはありますか?」

「メニューは君に任せる」

「わかりました!」

 張り切りだした私を、蓮さんが苦笑する。

「それより、ほら。湯が沸いたから、飲み物を用意するよ」

 私に声をかける前に、彼はそこまで準備してくれていたようだ。

「自分でやりますから」

「これくらい、いい。君はテーブルの上を片づけていて」

 蓮さんにやらせてしまうなんて……と迷っているうちに、彼はキッチンへ行ってしまう。仕方なく、広げていたテキストを閉じた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 湯気の立つマグカップを、両手で包み込む。彼はココアを入れてくれたようだ。
 両手に伝わる温もりに、なんだかほっとする。

「根を詰めすぎるな。休日くらい、早めに休むように」

「はい」

 それは蓮さんも同じだと思うけれど、あえて指摘はしないで気遣いに笑みを返す。

 私がカップに口づけるのを見届けると、彼は自室に戻っていった。

「美味しい」

 ほうっと息を吐き出す。優しい甘みが、体の疲れを癒やしてくれる。

 時間をかけて丁寧にいれてくれているなと思っていたけれど、ほんのりシナモンの風味がして美味しい。彼のアレンジが加えられているらしい。

 私のためにしてくれたひと手間に、胸が温かくなる。

「ありがとう、蓮さん」

 もう彼はこの場にいないというのに、もう一度そう言わずにはいられなかった。




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