今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
 自室に戻り、ベッドに座ってため息を吐く。

 うちは呉服を扱う【藤沢屋】を営んでいる。非祖父の代から続く会社で、大きな取引先のひとつが、高宮家の経営する白鷗亭だ。利用客が使用する浴衣やスタッフの制服は、旅館の創業以来すべて藤沢屋が卸している。

 藤沢屋は本来、個人向けの着物をメインに扱ってきた。ただ和服離れが進む昨今、業績は右肩下がり。なんとか盛り返そうと、父が奔走しているのは日頃の会話から察していた。

 そこにきて高宮家から縁談を持ちかけられたら、断る理由はない。ほかの宿泊施設にも関わらせてもらえるようだし、観光客向けの浴衣のレンタルなど、ホテルの企画に参加する話が出ていると聞く。

 要するに、縁談を受ければ高宮家に援助してもらえるということだ。詳しくはわからないが、あちらとしては藤沢屋を実質傘下に入れる心積もりなのかもしれない。

「舞だって、この話を破談にするわけにはいかないってわかっているはずなのに……」

 重いため息を吐く。

 家業とは関係のない会社の事務員をしている私とは違い、舞は藤沢屋の仕事を手伝っている。どんな業務に携わっているのかは聞いていないけれど、私よりも会社の内情を把握しているはず。

 この縁談には、藤沢屋の今後、ひいては社員らの運命がかかっている。

「大丈夫なのかな……」

 ベッドに体を倒して、瞼を閉じる。
 そうしながら、父から縁談の話を聞いた日を思い出していた。



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