今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
「弱ったな。変なことを聞いていなければいいが」

 眉をわずかに下げた蓮さんに、ますます笑いそうになる。

「勉強もスポーツも得意で、中でもサッカーは本気でプロになりたいって思っていた時期もあったと」

「ああ、そんなこともあったな」

 食事をしながら、会話が弾む。
 テーブルを囲む時間は、蓮さんが普段よりも饒舌になる。

「だが、スポーツ選手は寿命が長いとは限らない。それに、会社の経営も同じくらい興味があったから」

 感情だけでは動かない。先を見すえた考えは蓮さんらしい。

「君は、幼い頃に夢見たものはあったのか?」

 自分のことばかり聞かれてはかなわないというように、蓮さんが私に話を振る。

 だから私は、祖母のように着付けや茶華道ができるようになりたかったという子どもの頃の思いを語って聞かせた。

「お花屋さんや、ケーキ屋さんなんかにもなりたい時期があったんですよ。幼稚園くらいの女の子は、一度は憧れるじゃないですか」

「そういうものか?」

 不思議そうな顔をする蓮さんに、きっぱりとうなずく。

「私の周りはそうでしたね。友人の中には、その頃の思いがずっと続いて洋菓子メーカーに勤めている子もいます。実家は食堂を営んでいるんですけど、そこで出すスイーツには彼女が考案したものもあって」

 会社員や作業員が多く訪れる気楽な雰囲気のお店で、私も何度かお邪魔している。

「プリンにあずきを合わせたデザートがあるんですけど、それがまた美味しくて」

「へえ」

 お気に入りの一品を思い出して、食べたくなってしまう。

 彼女とは小学生の頃からの付き合いになり、そのご家族も私によくしてくれた。遊びに行くと、彼女のお母さんがおやつだと言っていろいろ出してくれたことは今でも覚えている。

「君がそこまで言うのなら、俺も一度行ってみたいな」

「ぜひ」

 この人とは、深く親しくしてはダメだ。そうずっと自分に言い聞かせているのに、こうして話している時間が楽しくて止められない。

 舞のために、蓮さんとの関係を深めていくのは間違いじゃない。
 そんなふうに自分の気持ちを正当化してみても、蓮さんが舞と親しげにしている姿を想像するだけで胸が苦しくなる。
< 51 / 111 >

この作品をシェア

pagetop