今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
「ああ、久しぶりに食べる味だ」

「美味しいですよね」

 煮魚を食べた蓮さんが、いつもより明るい声で言う。

 それから彼は、私が作った白和えも口にした。

「馴れ親しんだ母の味もいいが、君の作る料理も美味しい」

 フッと目もとを緩めた蓮さんに、思わず見惚れてしまう。

「あ、ありがとう、ございます。私が作るものは、祖母から教わったものが多くて」

「孫に料理を教える、いいおばあさんだったんだな」

 洋食のような派手さはなくて、私が料理を作った日の舞はうんざりして席を立つことが多かった。
 だからこそ、蓮さんがそんなふうに言ってくれて胸が温かくなる。

「これからはできる限り仕事を調整して、自宅で夕飯を食べるようにしようと思うが、いいか?」

 食事面でサポートをしたいと思ったのは私だけれども、舞にはとうていできない。彼女のことだから、練習をお願いしても聞いてくれないだろう。

 ここはごまかして流すところかもしれない。
 でも、せっかく蓮さんの方から歩み寄ってくれているのに、拒否するなんてしたくない。どうしたって歓喜する心を偽れなかった。

「もちろんです」

 本当にそれでいいのだろうかという心の迷いを、蓮さんに見破られませんように。

「楽しみにしている」

 小さな笑みを浮かべた彼があまりに素敵で、ドキリと鼓動が跳ねる。それを沈めるように、握った手を胸もとにぐっと押しあてた。

 これ以上、もうごまかせそうにない。

 最初は、騙している罪滅ぼしの意識ばかりでいた。

 けれど蓮さんと関わる時間を積み重ねて、私も少しずつ変わっていった。

 仕事漬けで、食事も適当になりがちな彼のことが心配でたまらない。少しでも私が彼を支えられたらと、願ったのは自分だ。

 そうして彼により深く関わるうちに、ひとりの男性として、蓮さんのことを好きになってしまった。

「ど、どんなメニューが食べたいか、教えてくださいね」

 つい早口になったが、蓮さんがなにかを感じた様子はない。

「まずは、君の得意料理を食べてみたいかな」

「考えておきます」

 ハードルの高い要求に、どうしようかと悩む。でも彼のために考えることはまったく嫌ではなくて、作ってあげたい複数の料理をすぐに思いついた。

「ああ、頼んだ」

 初対面のときに考えられない、柔らかな笑みを向けられる。おかげで鼓動は乱され、頬が熱くなってくる。

 これ以上、好きなにさせないでほしい。
 蓮さんにとってはあまりにも理不尽だろう考えを抱きながら、それでも私は、この幸せな時間を噛みしめていた。




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