今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~

タイムリミット

「ありがとうございました」

 今日のレッスンは、お義母様による書写。
 何回か受けてきた中で、これは毛筆を習うことだけが目的ではないと感じている。お義母様は、なにかに集中して取り組む姿勢を教えてくれているのだと思う。

 ここのところ、ようやく納得のいく字を書けるようになってきたところだったが……と、机の上の作品を見てこっそり嘆息する。今日の出来はイマイチ納得できないものだった。

「舞さん、ずいぶんお疲れかしら?」

「すみません」

 私が集中しきれていないことは、お義母様もお見通しのようだ。

「謝ることはないのよ。ここのところ暑い日が続いているから、体が参ってしまっているんじゃない? 心配だわ。無理をしてはダメよ」

「はい、気をつけますね」

 以前、風邪で数日寝込んだ際に、お義母様にもずいぶん心配をかけてしまった。二度とそんなことにならないよう気を付けているつもりだが、ここのところなんだか気分がすぐれない日が多い。

 再び、蓮さんに迷惑をかけるわけにはいかない。だから、しっかり休むようにしているけれど……と、むかむかする胸もとそっと押さえた。

 寄り道をすることなく帰宅して、夕食作りに取りかかる。
 食欲の落ちがちなこの季節。サッパリしたものをと、夏野菜をたっぷり使ったマリネを作ることにした。

 ほかにも数種類を作り、味見をしていたそのとき、急激に吐き気が込み上げてきた。

 トイレに駆け込み、しばらく動けなくなる。

 落ち着いたところで口をゆすぐ。体を起こすと、鏡には顔色の悪い自分が映った。

「まさか、悪阻……だったりして」

 そんなわけないよね?と、笑い飛ばそうとしてもうまくいかない。

 典型的な症状は、まさしく悪阻のよう。身に覚えがあり、そんなはずはないと言いきれない。

 蓮さんに抱かれたのは、一カ月ほどの前のこと。

『君が愛しすぎて我慢できなかった。お互いにまだまだ忙しい時期だから、これからは結婚まで待つ』

 翌朝になり、蓮さんはそう言っていた。言葉通り、あれから一度も触れられていない。

 とはいえ、たった一度の行為だって、妊娠する可能性は十分にある。

「生理が、遅れてる」

 忙しくしていたから、気づいていなかった。
 体に現れている変化を、思い過ごしだとは否定できない。

「どうしよう……」

 下腹部に手を当てる。

 私は、舞の身代わりでここにいるにすぎない。いずれは蓮さんのもとを去り、実家とも高宮家とも関わりのない暮らしをすると決めている。
 そんな状況で、感情に流れて彼と関係を持つなんて完全にアウトだ。

 けれどあの夜、どうしても蓮さんと過ごしたかった。たとえ藤沢唯だとカミングアウトはできなくても、彼は私の内面に惹かれて愛していると言ってくれたから。

 とにかく、まずは調べてからだ。様々な不安をのみ込み、その夜はいつも通りに振る舞っていた。




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