今だけの婚約者~身代わりのはずが、冷たい旦那様にお腹の子どもごと愛されていました~
 じりじりとした沈黙が続く。

 今さら後悔に襲われて、謝って帰ろうと視線を上げる。目の合った彼女は、思った通り眉尻を下げた困り顔で私を見ていた。

「唯、私に話したことを後悔しているでしょ?」

「ごめん」

「謝らないでよ。誰にも言えなかった秘密を打ち明けてもらえて、親友として喜んでいるのよ」

「藍……」

 謝罪の言葉を、ぐっとのみ込む。

「ねえ、唯。花嫁修業が終わったら、うちの実家に来ない?」

「え?」

「ちょっと前に帰ったらね、人手が足りないって大変そうだったの。体調第一は当然として、無理のない範囲で手伝ってくれないかな?」

 彼女の実家の食堂は、近くの会社や工事現場などで働いている人が主に利用しており、昼も夜も大賑わいを見せている。

「で、でも、妊婦がいたら足手まといになるだけじゃあ……」

「ほら、唯の前職は事務だったでしょ? だから裏方の仕事をメインに手伝うとか。開店前の準備もあるし」

 否定をしつつ、藍の提案に期待を抱いてしまう。

「出産後は、体調に合わせて働き方を変えていけばいいと思う。ねえ、どう?」

「私としては、これ以上ないありがたい話だけど――」

「じゃあ、決まりね!」

 やっぱり迷惑だから断ろうとする私、藍が遮る。

「今日中に、親に聞いてみるね。きっとOKするわよ。あの人たち、実の娘よりもあなたのことを気にかけてるもの。店の料理を『美味しい』って何度も言ってくれる唯が、大のお気に入りなのよ」

 彼女の両親は、とにかく情に厚い。私が舞や両親にどう扱われているのかを知って、子どもの頃からずいぶん心配してくれていた。
 大人になった今でも、お店に行けば『仕事はどう?』と必ず気にかけてくれる。

「じゃあね、唯。また連絡するから」

「ありがとう」

 積極的な藍に、話をまとめられる。申し訳ないけれど、今は彼女の強引さがありがたかった。
< 81 / 111 >

この作品をシェア

pagetop