バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される
全国大会には、強豪校の代表として背水の陣で挑む生徒や、弁論大会に青春のすべてを捧げてきたという気迫を漲らせる人が多い。
その中で詩織があまり緊張せずにいられたのは、皆の期待を背負うといった気負いが一切なかったからだ。
先生への感謝を込めて、楽しくやり切る。それだけを考えていた。
客席では、指導してくれた先生と学校の友達、そして他校に通う兄が見守ってくれている。
「バナナ、一応食べておこうかな」
十六歳の詩織は、会場の裏にある廊下を歩いていた。
せっかく友達から「緊張が和らぐから」と差し入れをもらったのだ。願掛けでもなんでも、あやかれる幸運があるなら試しておいて損はない。
どこか落ち着いて飲食ができそうな場所を探して歩く。廊下の突き当たりにある薄暗い非常階段へ行くと、背を丸めて座り込む人を見つけた。
男子生徒だ。真っ青で、顔が強張っている。
話しかけようか、通り過ぎようか迷った。
けれど、手元の原稿を震える指先で握りしめ、少し光った目元に気付いたら放っておけなかった。詩織は声をかける。
それが、タカギケイだった。
あの時はお互いに名乗らぬまま別れたが、大会が始まれば、舞台上に立つ彼の名前はすぐに分かる。
『良かった。タカギさん、すごくしっかり話してる』
非常階段でこっそり泣いていた彼と、同一人物だとは到底思えない。
壇上の彼が展開する文章の組み立て方、選ぶ言葉の精緻さ、そして凛とした喋り口。そのすべてに、他を寄せ付けない品と強さがあった。
詩織は彼の紡ぐ言葉にぐいぐいと引き込まれる。圧倒された。
舞台から降りた後も、ずっと彼の方を目で追った。その間ずっと、胸の奥のドクドクとした高鳴りが収まらなかった。
結果は、タカギケイの優勝。
聞けば、三年連続での最優秀賞という偉業を成し遂げた人物らしい。
『あんなにすごい人でも、緊張するものなんだ』
完璧に見える強い人は、いつでも無敵なのだと思っていた。
だが、他人に見せないだけで、人間は誰しも脆く繊細な部分を持っている。そんな、当たり前のことに初めて気付かされた。
緊張や恐怖を必死に内に秘め、それらを一切見せずに大観衆の前に堂々と立った彼を、詩織は心からかっこいいと思った。
表彰式の前に、彼を探した。
話しかけてみよう。
『優勝おめでとう』と、一言声をかけるくらいならきっと許される。
そう思って足を踏み出しかけた。
だが、同じ学校の華やかな生徒たちに囲まれて中心に立つ彼を見たら、急に気後れがしてしまう。
結局、詩織にできたのは、遠くからタカギケイの姿を見つめることだけだった。
詩織がずっと胸の奥にしまっていた、あわい初恋の思い出だ。
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