バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される
第9話:かんぱーい
「担当弁護士があの『タカギケイ』だったぁ?!」
「しーっ! 有希ったら声が大きい」
賑やかなイタリアンバルの席で、詩織は慌てて人差し指を唇に当てた。目の前に座る有希は、手にしていたフォークを止めて目を丸くしている。
高校時代からの大親友であり、全国弁論大会にも応援に来てくれた有希は『タカギケイ』の存在を知っている。加えて、鈴川法律事務所を紹介してくれたのも有希だ。
「あそこなら間違いないと思ったけど、まさか初恋の相手を引くなんて……私って天才じゃない?」
目を輝かせながら言う有希に、思わず笑いがこぼれる。
本当はもっと早く有希に会いたかった。
離婚の事も、鷹木とのことも報告したかった。
けれど、新しい生活に馴染むことに精一杯な詩織と、出張の多い有希との予定がなかなか合わなかったのだ。
「しかも『ずっと好きだった』なんて……はい、運命。かんぱーい!」
「もー有希ってば!」
おどけた調子でグラスを突き出してくる有希に、詩織は顔を真っ赤にしながら自分のグラスを合わせた。
「鷹木慧ねぇ……うっわ、イケメン」
有希は、乾杯するなり手元のスマートフォンを素早い手つきで操作し始めた。画面をスクロールする彼女の目が、徐々に驚きに変わっていく。
「すごーい。担当した事件も有名なのが多いわ。負けなしかぁ。T高校からT大法学部……詩織、これが本当のエリートよ」
「え……」
「だいたいさ、今まで詩織に申し訳なくて言えなかったけど、詩織の前の旦那、エリートでもなんでもないからね」
突然飛び出した元夫への痛烈な愚痴に、詩織は目を白黒させた。
「そりゃ公務員は婚活市場で人気なのかもしれないけど、言うて市役所じゃん。それなのにえっらそうにあの勘違い男、何が『俺はエリートだから』よ。思い出すだけで腹が立つわ」
結婚式はしなかった。
だから籍を入れる前に一度、有希に紹介した。まだ彼が優しかった頃のことだ。
詩織が気付いていなかっただけで、その頃から『俺はエリート』という彼の口癖は鼻についていたらしい。
「……全然気づかなかったな、そういうの」
「介護職一直線だったもんね、詩織は。ああ、だから合コンに連れていくって何度も言ったのに……。で、その鷹木弁護士とは今後どうなるの?」
有希が身を乗り出してくる。
まっすぐな視線に、詩織の心臓が嫌な高さで脈打った。
「詩織も好きだったわけじゃん。高校の時『やっぱり声をかければよかった』って、ずーっと言ってたもんね。嬉しいでしょう、再会できて?」
「嬉しいよ。嬉しいけど……」
詩織は言葉を濁し、手元のグラスを見つめた。
バツイチであるという負い目。
それに、一度は婚姻の形をとっていたにも関わらず、男性との深い経験が一切ないという珍妙な事実が、詩織の胸を重く苦しく締め付ける。
こんな歪な自分だと知ったとき、果たして彼は受け入れてくれるのだろうか。
急に押し黙った詩織の様子に、有希は何かを察したように優しい眼差しを向けた。
「……ま、離婚したばっかだしね。ゆっくり考えたらいいか」
*