バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される
「朝比奈さん、お兄さんが面会にいらしてるわよ」
定時を迎え、ロッカー室で帰宅の準備をしていたところ、チーフがドアから顔を覗かせて声をかけてきた。
「え、兄ですか?」
詩織の口から、素っ頓狂な声が出た。
兄は大阪の会社で働いている。東京へ出張や用事で来るときに会うこともあるが、必ず事前に連絡をくれていた。
何の音沙汰もなく急に職場に現れるなど、今までに一度もない。
「応接室にお通ししておいたけど……」
チーフはなぜか、歯切れの悪い様子で言い淀んでいる。
「すみません、急に職場に来ちゃうなんて」
「いえ、来客自体は構わないんだけど……お兄さん、大丈夫?」
質問の意図が分からない。
詩織は小首を傾げた。
「なんだか、すごくやつれているというか、生気がないというか……お声がけしても、ちょっと雰囲気が怖くて」
いつも朗らかで太陽のように笑っている兄の姿からは、到底結びつかない感想だ。何かあったのだろうか?
詩織の胸に、正体の分からない不穏なざわめきが広がる。
急ぎ足で、応接室へと向かった。
ドアは、わずかに数センチほど開いている。隙間から室内の様子を窺えた。
応接室の革張りのソファーに、一人の男性が座っているのが見える。
男は、左の太腿の上に右足を高く乗せ、背もたれに深く腰掛け、横柄な態度でふんぞり返っていた。
ーー貴大だ。
背筋が凍りつく。激しい寒気が全身を駆け抜けた。血の気が引き、足の指先から感覚がなくなっていく。
兄ではない。
他人を見下すような、あの座り方をするのは貴大だ。
詩織は呼吸を殺して中の様子を見た。服にはひどくシワが寄り、髪も乱れている。だが、間違いなく成瀬貴大だった。
なぜ、ここへやって来たのか。
なぜ、兄だと偽ってまで……。
「何で……どうして……」