バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される
「……そう、それは大変でしたね」
日々のやり取りを少し話しただけで、弁護士の眉間には深くシワが刻まれる。
詩織は、ガラス張りの大きな窓が特徴的なオフィスビルの中にいた。
駅直結の巨大なビル。セキュリティのしっかりと施されたドアをくぐった先に『鈴川法律事務所』がある。
洗練された事務所の雰囲気に思わず腰が引けたが、現れた所長の鈴川は暖かく迎えてくれた。白髪で、鼻の下に上品な髭を蓄えた、穏やかな紳士だ。
詩織の話を、遮ることなく静かに聞いてくれる。
「なるほど……。家賃、生活費の制限、日常的な暴言。これは明確なモラハラであり、経済的DVに該当します。よくこれまで一人で耐えてこられましたね」
鈴川の温かい眼差しと、自分の苦しみを認めてくれた言葉に、詩織は胸の奥が熱くなる。涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。
「あの、私……離婚したいんです。でも、今の貯金では、弁護士費用をしっかりお支払いできるか分からなくて……」
「安心してください。当事務所では分割払いや、法テラスの紹介も視野に入れて柔軟に対応できます。もう少し詳しくお話を伺ってから、どのような選択肢があるかをご提案……と言いたいところなのですが」
鈴川は手元のタブレットを確認しながら、すまなそうに眉を下げた。
「実は今、私が別件を多めに抱えてしまっていましてね。もしよろしければ、私の信頼する、非常に優秀な部下に担当してもらおうと思うのですが、いかがでしょうか? 彼なら私よりも早く、成瀬さんのご希望を叶えることができるはずです」
「所長さんのお勧めなら、ぜひ、お願いしたいです」
詩織が喉を詰まらせながら頷くと、鈴川は表情を和らげた。
「よし、決まりだ。では、少しお待ちくださいね」
鈴川が部屋を出て行く。
あの先生なら大丈夫そうだ。
ほっと一息ついた詩織は、お化粧室を借りることにした。廊下へ出て、静かなオフィスの角を曲がる。
その時だ。
少しだけ隙間の空いた扉の向こう側から、鈴川の声ともう一つ、低く、芯まで冷えそうな男の声が漏れ聞こえてきた。
「お断りします。S病院の医療事故の件で忙しいので」
一分の隙もない、氷を切り出したかのような声だ。詩織は思わず足を止め、壁の影に身を潜めた。
「そう言わずにさ、鷹木くん。このまま事件ばかりの担当でも悪くないけど、一応はジェネラリストで行くわけでしょう? そりゃ企業法務や社会的に意義のある事件を扱いたいのはわかるけど、それでもやっぱり離婚は基礎中の基礎だよ」
鈴川が諭すように言うが、低い声の男――鷹木は、不快感を隠そうともせずに小さく鼻を鳴らした。
「離婚案件の取り扱い経験がゼロってのも、弁護士として印象良くないよ。ね。一回くらいやってみなよ」
パラリ、と紙の資料をめくる乾いた音が響く。
「モラハラと経済DV。ちょっと聞いただけだけど結構ひどい。これならちゃんと手順を踏めば勝てるし、時間は食わないよ。ね?」
「成瀬さん、ねぇ」