バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される
名前が出た瞬間、詩織の心臓がドクリと大きく跳ね上がった。
やはり、自分のような一般庶民の、しかもお金にならない離婚の相談は、この優秀な事務所にとっては迷惑なのかもしれない。
冷や汗が背中を伝い、今すぐこの場から走り去りたい衝動に駆られる。
「じゃあこうしよう。これからもう少し詳しい話を聞くんだけど、鷹木君も同席して。それで、どうしても嫌だったら僕が担当するから。ね?」
鈴川の妥協案に対して、男の返事はない。しかし間もなく、二つの足音が近づいてくるのが分かった。
詩織は慌てて戻ろうと身を反転させた。だが、焦りのあまり足がもつれ、転びそうになる。
「きゃっ」
短い悲鳴を上げてよろめいた詩織を、仕立ての良いウールのスーツを着た男の腕が支えた。見上げるような長身だ。
規律を感じさせるほど真っ直ぐな背筋、広い肩幅。その逞しい身体の存在感に、詩織は息を呑んだ。
恥ずかしくて顔を上げられない。
「大丈夫ですか、成瀬さん?」
後ろから現れた鈴川が、驚いたように声をかける。
「あ、すみません、お化粧室をお借りしていました」
詩織は消え入るような声で謝罪し、視線を床に落とす。全身の毛穴が開くような緊張感のなかで、頭上から突き刺さるような男の視線を感じる。
「ああ、ちょうどよかった。紹介しますね、うちのエースで『負けなし』の鷹木慧くん」
「成瀬と申します。よろしくお願いします」
彼の視線から逃げるように、詩織は深く、深く頭を下げた。
床の絨毯の模様だけを見つめ、どうか早くこの重苦しい時間が過ぎてほしいと願う。
しかし、静まり返った廊下に響いたのは、先ほどまでの氷のような響きとは全く異なる、奇妙に掠れた声だった。
「成瀬……詩織さん?」
その声の震えに弾かれたように、詩織はゆっくりと顔を上げた。
正面から向き合った鷹木慧の顔を見て、詩織は息を止める。
彫刻のように顔の整った美形だ。切れ長の瞳はナイフのように鋭く、周囲を容易に寄せ付けない拒絶のオーラを放っている。
だが、その鋭い瞳が、詩織の顔を視界に捉えた瞬間、ガラスがひび割れるように微かに揺れた。
先ほどまで『断る』と冷淡に言い放っていた彼と、到底同じ人物とは思えない。
ほんの少し動揺するような色が、彼の端正な顔立ちを支配している。
鷹木は喉を小さく動かし、何かを堪えるように拳を握りしめると、ゆっくりとスーツのネクタイの結び目を正した。
「……成瀬さんを担当させていただきます、鷹木です」
彼は一歩、詩織の方へと踏み出す。
その大きな影が完全に詩織を包み込む。彼は詩織の瞳を真っ直ぐに凝視し、地鳴りのような、力強い意志を込めて告げた。
「僕は勝ちに行きますよ。徹底的にやりましょう」