バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される

 珍しく残業があった。近所の施設との交流イベントの準備だ。仕事を終えてアパートに帰る頃には、周囲はすっかり暗くなっていた。
 
 疲れた足取りで歩いていた詩織は、アパートの敷地の端、街灯の届かない薄暗い影の中に、不自然に佇む男の輪郭を見つけて息を呑んだ。

ーー貴大だ。

 スーツはひどくよれて波打ち、目元には墨を落としたような濃い隈が刻まれている。小綺麗でプライドの高そうだった肌艶は見る影もなく、酷く濁ってやつれ果てていた。
 その異様な姿に、詩織の身体が恐怖で固まる。

「やっと捕まえた。手間を取らせやがって」

 獣のような素早さで間合いを詰めてきた貴大の手が、詩織の手首を強引に掴み取った。
 骨がきしむほどの強い力で、そのまま強引に引っ張られる。

「や、めてください……っ」

 詩織は必死に足を踏ん張って抵抗するが、貴大は目をギラつかせながら怒鳴りつけてきた。

「うるせえ! お前のせいで、俺の人生は大変なことになってんだ。責任を取れ!」
「嫌……離して」
「この、出来損ないがっ!」

 言葉と同時に、貴大の大きな手のひらが、詩織の顔めがけて振りかざされる。
 結婚していた頃、何度も繰り返された暴言と、常に側にあった暴力の気配に、詩織は反射的に身体をすくませる。両目を固く閉じた。

ーーパシッ……!

 乾いた鋭い音が響く。
 しかし、痛みはない。


 恐る恐る、固く閉じていた瞼を開く。
 詩織の目の前には、見慣れたスーツの背中が、揺るぎない壁のように立ちはだかっていた。
 貴大の手首を、詩織の頭上で止めているその長い腕。

 わずかに呼吸を乱しながらも、切れ長の瞳に毅然とした怒りを宿した鷹木慧が、そこにいた。

「暴力行為だな。通報されたいか?」

 低く、地鳴りのような響きを持った鷹木の声が、夜の闇に轟いた。
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