バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される
「ただいま……あれ?」
帰宅した鷹木は、一歩足を踏み入れた瞬間、異変に気づいた。
いつもなら、リビングから温かい光が漏れているはずだが、今日は暗い。
自分が鍵を開ける音がすればすぐに「お帰りなさい」と笑顔の詩織が玄関まで迎えに出てきてくれる。しかし、彼女の気配がなかった。
廊下を進み、バスルームや客間を確認する。だが、詩織はどこにもいない。
鷹木はすぐに、ポケットからスマートフォンを取り出して画面を確認した。詩織からの連絡や通知は何も残っていない。
念のため、彼女に持たせてある交通系ICカードの利用履歴を確認する。
クラウドのデータはさっき確認した通りだ。今日の夕方、このマンションの辺りで止まっている。いつもより1メーター少ないから、スーパーに寄ったのだろう。
その後の利用履歴はない。
間違いなく、彼女はこの近所まで帰ってきていた。では、なぜ家の中に彼女がいないのか。突発的な事故に巻き込まれたのか、それとも――。
最悪の可能性が脳裏をよぎる。
鷹木はグッと拳を強く握りしめ、低くその名を呻いた。
「成瀬……」
*
薄暗い実家のキッチンで、詩織はガタガタと震える身体を必死に奮い立たせていた。
どこから手をつけたら良いのかわからないほど、部屋中が荒れている。
シンクには汚れた食器が山積みになり、リビングの床は飲み切ったペットボトルや缶が無造作に転がった。部屋の隅に放置されたゴミ袋の周りには、小さな虫が不気味に湧き出しているのが見える。
呼吸を浅くしながら、どうにか食事を並べるテーブルの上を拭き、片付ける。
その間も、貴大はソファに深く腰掛け、ビールを飲みながらテレビを見ていた。だが視線の端で執拗に詩織の動きを監視し続けている。
彼の隣に座る義母は、そこに詩織がいないかのように振舞った。
「たかちゃん、お母さんね、エリートのたかちゃんのためにコレ買ったのよ」
義母が嬉しそうに、包み紙を貴大に差し出した。
「新しいワイシャツだ。しかもオーダーの」
「通販したの。前に採寸したでしょ、その通りに送ってもらったからね」
「ありがとう母さん。嬉しいなぁ」
周囲のゴミの山を気にも留めず、大の大人が、母親に甘えながら首元へ抱きついている。
「母さん、早く元気になって、美味しいご飯作ってね」
その光景の異様さに、詩織は胃の底からせり上がってくるような強い不快感を覚えた。ブルリと、全身に鳥肌が立ち寒気が走る。
「おい」
いつの間にか、背後にやってきていた貴大から声をかけられる。
詩織は飛び上がるように肩を震わせた。
「洗濯が溜まってるんだ。俺のワイシャツを洗って、全部アイロンかけろよ」
あまりの恐怖に、詩織の喉が張り付く。声を出そうとしても、かすれた呼気が漏れるだけだ。
沈黙に苛立ったのか、貴大が容赦なく足を振り抜いた。
ーーガンっ!
詩織の足元にあったゴミ箱が、凄まじい音を立てて蹴り飛ばされた。中から汚れたゴミ屑が床に散らばる。
「返事!」
至近距離で怒鳴られ、恐怖で涙が溢れそうになる。
しかし詩織は、必死に堪える。残された全ての勇気を振り絞って声を出した。
「私……」