バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される

第16話:あなたが教えてくれた


「た、たかぎ、さ……」

 詩織の小さな掠れた声は、突如としてリビングに響いた無数の足音によってかき消された。
 警察だ。
 薄暗い部屋の照明が一気に点灯し、開け放たれた玄関から制服や私服姿の男女が次々と押し入ってくる。

 鷹木は、床に倒れ込んでいた詩織へと一直線に手を伸ばした。詩織の身体を、両腕で強く抱きしめる。

 詩織を包み込む鷹木の身体はひどく熱い。
 全身で呼吸を繰り返すたびに胸が激しく上下していた。額や首筋には、汗がびっしょりと滲んでいる。

 鷹木は荒い息をなんとか整えながら、今にも震え出しそうな細い声で囁いた。

「大丈夫、もう、大丈夫だ」

 それは詩織に伝えているようでいて、自分自身にも言い聞かせているような、泣き出しそうな声だった。

 視界を埋める鷹木のスーツの生地、その奥から聞こえる激しい鼓動。
 それらに触れ、詩織はようやく、自分が助かったのだと理解した。張り詰めていたものが決壊し、涙がポロポロと溢れ出す。

「あ……うっ……」

 詩織は鷹木の胸に深く顔を埋め、子供のように声を上げて泣いた。
 鷹木は、もうひとつ力をこめて、しかし詩織を押しつぶさないよう気を付けながら、抱きしめた。

「な、なんだお前ら、勝手に人の家に!」

 背後で、床から這い上がろうとする貴大の怒気を含んだ声が上がった。しかし、即座に大柄な男がその前に立ちはだかり、鋭い声を浴びせる。

「成瀬貴大さんですね。加害目的の婦女略取誘拐、加えて暴行の現行犯で逮捕します」
「な、ふざけんな! 俺の妻を連れ帰って何が悪い!」

 貴大は顔を真っ赤にして暴れる。
 しかし、瞬時に複数の警察官によって両腕を押さえつけられ、床へとねじ伏せられた。カチャリと、手錠のかかる金属音が冷たく響く。
 スーツ姿の刑事が事務的な口調で告げた。

「元、ですよね。離婚は成立しており、現在は他人です。また、朝比奈詩織さんの職場、家へ押しかけるなどのストーカー行為も確認されています。詳しくは署で聞きます」
「たかちゃん! たかちゃんは悪くないのよ! あの女に騙された可哀想な子なの。あの女がたかちゃんから六百万円も盗んだのよ!」

 車椅子に座ったまま、元義母が引き裂かれたような悲鳴を上げて叫んだ。

「不倫の慰謝料、生活費の折半、婚姻費用の支払い。どれも正当な請求です。あなたの息子さんが勝手に不貞をして朝比奈さんに迷惑をかけたのですよ」

 警察官の一人が、耳の遠い老人に話しかけるように、大きな声でゆっくりと義母に言い聞かせている。
 だが、義母はそれを聞き入れようともせず、狂ったように喚き散らした。

 貴大の汚い怒鳴り声、暴れる靴の音、母親の叫び。
 その全てが、今の詩織にとっては、厚い幕が何枚も貼られたどこか遠い別の場所で行われている出来事のように感じられた。

 恐怖のあまり感覚を失い、指先一つ動かない詩織の身体を、鷹木がそっと横抱きに抱え上げる。

「病院へ」

 鷹木は周囲の警察官に短く告げる。
 騒乱の成瀬家から詩織を連れ出すために、力強い足取りで歩き始めた。



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