バツイチ×未経験の私は、初恋の豪腕弁護士から極甘に溺愛される

 眉をひそめながら記憶を探る。

 そういえば少し前、鈴川がそんな話をしていたかもしれない。担当したS病院での医療事故の話を聞きたいと打診があったとか……。
 あの時は頭の中が詩織のことでいっぱいになっていたため、右から左へと聞き流し、そのまま失念していた。


 あのホテルでの濃密な一夜から、早いもので二週間が経っていた。

 詩織との新しい関係は、順調すぎるほどに順調だ。
 毎日、家に帰れば詩織がいる。彼女が作ってくれた温かい手料理を食べ、仕事がない休日はずっと彼女と過ごす。他愛のない会話すら愛おしい。

「面倒だな……」

 本音がポツリと口から漏れた。

 せっかく早く帰れるはずの夜に、外部の人間との付き合いで詩織と過ごす貴重な時間が削られるのは、今の鷹木にとって全く嬉しくない。
 だが、業界でも一際顔の広い大先輩である田中弁護士だ。直々に声をかけられたとなれば、無下に断るわけにもいかない。

「……よし。しばらく夜の予定はすべてブロックしよう」

 これ以上、余計な会食や懇親会に時間を奪われ、詩織との夜が侵食されるのを防ぎたい。 鷹木は向こう一ヶ月分の予定表の十八時以降の空白を『勉強会』『外部研修会』というタグで埋め尽くしていった。もともと終業後は自由だ。怒られることもない。




*




 薄暗い部屋の中、一人の女が、写真をじっと見つめた。

 ほっそりとした長い指。爪の先はキラキラとしたネイルアートが施され、部屋の僅かな明かりを反射して妖しく光っている。

 写真に写るのは鷹木だ。
 彼の端正な輪郭を、女の長く尖った指先が、なぞるようにゆっくりと撫でた。

「ふふっ。きれいな顔……」

 恍惚とした掠れた声が、女の薄い唇から小さく漏れ出る。
 次の写真を捲った。今度は全身が写っている。

「脚が長いのね」

 ひとしきりその姿を熱っぽい瞳で見つめた後、女はそれらの写真を机の上に規則正しく並べた。別の写真の束を手にする。

 今度は詩織だ。
 地味な服装で介護施設へと通勤する、無防備な後ろ姿。
 施設の玄関先で、車椅子の利用者とにこやかに喋っている、勤務中の横顔。
 夕方の薄暗い街頭の下、両手にスーパーのビニール袋を持って歩く、生活感の滲む姿。

 そして最後の一枚は、鷹木と詩織が二人が並んで写っている写真だ。都内にあるラグジュアリーホテルの車寄せ。エントランスへと吸い込まれていく姿。

 女の顔から、恍惚とした笑みが消え失せる。
 
 女は、装飾された長い爪の切先を、写真の中の詩織の笑顔のど真ん中へと、力任せに真っ直ぐ突き立てた。


ーープツリ。


 静かな部屋に硬い音が響き、写真の紙面に、穴が空いた。

 ぐりぐりと爪を回し穴を広げる。

「そこは、私の場所よ」

 穴の空いた写真を見つめる女の濁った瞳の奥には、ドロドロとしたどす黒い感情が激しく渦巻いていた。
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