彼はアメとムチがうますぎる ~つめたい上司のあたたかい味噌汁~
「玉木、ちょっといいか」
(あ、絶対怒られるやつだ……)
顔色を変えずに歩き出した魚住さんの後を追い、フロア外のエレベーターホールまで連れ出された。
社員たちであふれていたオフィスの喧騒とは一変し、静まり返った無音の世界へと変わる。
「お前……言いたいことだけ言って、それで満足してんじゃないだろうな?」
ズキリと、心臓が大きく跳ね上がった。魚住さんの指摘は、半分図星だった。
金子ちゃんを精神的に追い込んでしまったという罪悪感はある。だけど心のどこかでは、勇気を振り絞ってきちんと指摘ができたという満足感があったのも事実だ。
責任感からの反省と、行動に移せたことの達成感が、心の中に半々で存在していた。
「そ、その通りかもしれません……」
「……正当な指導をする。それが、今回のミッションだったはずだ。お前らしく精一杯やったのかもしれないが、あれではまったく指導になっていない」
(……うう、ぐうの音も出ない)
「自分でやれと突き放すことが、このミッションの成功なのか? いや、違うな。金子ができるようになるまで、教えてあげるんだろ。それが正当な指導だ」
……私にも手つかずの業務がたくさんあって……なんて、口が裂けても言えなかった。
あのときの私の行動を思い返すと、確かに魚住さんの言う通りだ。
金子ちゃんが処理できる能力があるかどうかすら考えず、ただ自分の抱え込みを減らしたいという一心で突き放してしまった。それは、正当な指導とは言えない……今なら自分でもそう思える。
「申し訳ございません。私のやり方が間違っていました……」
魚住さんはやれやれといった風に軽く肩をすくめると、気怠そうな仕草で後頭部に手を当てた。
落ち込み、あからさまに反省の色を浮かべている私の目をじっと覗き込みながら、魚住さんは迷いのない声で「まだ取り返せる」と断言した。
「取り返せ……ますか?」
「ああ。金子は昼休憩に行っただけだ。必ず戻ってくる。あのときは感情的になって退職の旨を示したけど、お前のこれからのフォロー次第で考えはいくらでも変わる」
「……私の、フォロー次第……」
「そうだ。逃げずに誠心誠意、正面から向き合ってみろ。きっと金子は、お前を尊敬しているだろう。そんな存在から突き放されたんだ。そりゃあ気も落ちるさ」
金子ちゃんが……私のことを、尊敬している……?
いつも仕事を丸投げしてくるだけで、舐められていると思っていたのに……そうじゃないってことなのか。
半信半疑で頭の中が混乱しつつも、私は魚住さんのまっすぐな瞳を信じてみることにした。
「わかりました。金子ちゃんが休憩から戻ってきたら、話してみようと思います」
魚住さんは言葉を重ねる代わりに、目を閉じて深く一度だけ頷いた。すぐに無駄のない軽やかな足取りで、フロアの中へと戻っていく。
私は頼もしくも厳しいその背中を見送りながら、重い憂鬱さを胃の中心に感じていた。
(金子ちゃんに適切な指導……できるかな)
不安が心を覆っていくのを感じながら……自分のデスクに戻り、金子ちゃんの帰りをじっと待った。
もしまた泣かれたらどうしよう……もしフォローを失敗したら、それこそ本当にこの会社を辞めていってしまうだろう。それだけは、先輩として絶対に阻止しなければならない。
(何より、あの温かい手料理を逃すわけにはいかない……)
我ながら、一晩にしてすっかり胃袋を掴まれてしまっている事実に呆れて笑えてくる。でも今はそんなときではないと、私は自分を律するように、首を左右に激しく振った。
一瞬だけ、周囲のデスクの社員たちが、不審そうな視線をこちらに向けてきた。
(いけないいけない。今は金子ちゃんとの向き合い方に、全神経を集中させなきゃ……)
目を無理に見開いて、集中するようにと体へと活を入れる。
ちょうどそのとき、フロアの入口から、すっかり落ち込んだ暗い表情の金子ちゃんが自席へと戻ってくるのが見えた。
(よし……)
(あ、絶対怒られるやつだ……)
顔色を変えずに歩き出した魚住さんの後を追い、フロア外のエレベーターホールまで連れ出された。
社員たちであふれていたオフィスの喧騒とは一変し、静まり返った無音の世界へと変わる。
「お前……言いたいことだけ言って、それで満足してんじゃないだろうな?」
ズキリと、心臓が大きく跳ね上がった。魚住さんの指摘は、半分図星だった。
金子ちゃんを精神的に追い込んでしまったという罪悪感はある。だけど心のどこかでは、勇気を振り絞ってきちんと指摘ができたという満足感があったのも事実だ。
責任感からの反省と、行動に移せたことの達成感が、心の中に半々で存在していた。
「そ、その通りかもしれません……」
「……正当な指導をする。それが、今回のミッションだったはずだ。お前らしく精一杯やったのかもしれないが、あれではまったく指導になっていない」
(……うう、ぐうの音も出ない)
「自分でやれと突き放すことが、このミッションの成功なのか? いや、違うな。金子ができるようになるまで、教えてあげるんだろ。それが正当な指導だ」
……私にも手つかずの業務がたくさんあって……なんて、口が裂けても言えなかった。
あのときの私の行動を思い返すと、確かに魚住さんの言う通りだ。
金子ちゃんが処理できる能力があるかどうかすら考えず、ただ自分の抱え込みを減らしたいという一心で突き放してしまった。それは、正当な指導とは言えない……今なら自分でもそう思える。
「申し訳ございません。私のやり方が間違っていました……」
魚住さんはやれやれといった風に軽く肩をすくめると、気怠そうな仕草で後頭部に手を当てた。
落ち込み、あからさまに反省の色を浮かべている私の目をじっと覗き込みながら、魚住さんは迷いのない声で「まだ取り返せる」と断言した。
「取り返せ……ますか?」
「ああ。金子は昼休憩に行っただけだ。必ず戻ってくる。あのときは感情的になって退職の旨を示したけど、お前のこれからのフォロー次第で考えはいくらでも変わる」
「……私の、フォロー次第……」
「そうだ。逃げずに誠心誠意、正面から向き合ってみろ。きっと金子は、お前を尊敬しているだろう。そんな存在から突き放されたんだ。そりゃあ気も落ちるさ」
金子ちゃんが……私のことを、尊敬している……?
いつも仕事を丸投げしてくるだけで、舐められていると思っていたのに……そうじゃないってことなのか。
半信半疑で頭の中が混乱しつつも、私は魚住さんのまっすぐな瞳を信じてみることにした。
「わかりました。金子ちゃんが休憩から戻ってきたら、話してみようと思います」
魚住さんは言葉を重ねる代わりに、目を閉じて深く一度だけ頷いた。すぐに無駄のない軽やかな足取りで、フロアの中へと戻っていく。
私は頼もしくも厳しいその背中を見送りながら、重い憂鬱さを胃の中心に感じていた。
(金子ちゃんに適切な指導……できるかな)
不安が心を覆っていくのを感じながら……自分のデスクに戻り、金子ちゃんの帰りをじっと待った。
もしまた泣かれたらどうしよう……もしフォローを失敗したら、それこそ本当にこの会社を辞めていってしまうだろう。それだけは、先輩として絶対に阻止しなければならない。
(何より、あの温かい手料理を逃すわけにはいかない……)
我ながら、一晩にしてすっかり胃袋を掴まれてしまっている事実に呆れて笑えてくる。でも今はそんなときではないと、私は自分を律するように、首を左右に激しく振った。
一瞬だけ、周囲のデスクの社員たちが、不審そうな視線をこちらに向けてきた。
(いけないいけない。今は金子ちゃんとの向き合い方に、全神経を集中させなきゃ……)
目を無理に見開いて、集中するようにと体へと活を入れる。
ちょうどそのとき、フロアの入口から、すっかり落ち込んだ暗い表情の金子ちゃんが自席へと戻ってくるのが見えた。
(よし……)