彼はアメとムチがうますぎる ~つめたい上司のあたたかい味噌汁~
全身の筋肉がガチガチに力んでいるのが、自分でもよくわかった。その強張った勢いのまま、私は金子ちゃんのデスクの前へと踏み込む。
金子ちゃんは「あのさ……」と強張った顔で立ち尽くす私をゆっくりと見上げると、今にも涙がこぼれ落ちそうな、潤んだ瞳を向けてきた。
(しまった……私、プレッシャーかけすぎ……)
「あ、ごめん! 威圧するつもりじゃなくて……その、さっきの件なんだけど……」
「佐羽さん、本当にすいません。私やっぱり、この仕事やっていけないです……」
私が話す前に、金子ちゃんは先に頭を下げてくる。
よほど私に怒られると思っているのか……心なしか、華奢な肩が小刻みに震えているように見えた。
(ダメだ……やっぱり正面からぶつからないと、金子ちゃんは向き合ってくれない)
「金子ちゃん、ごめん! 私、金子ちゃんの今の状況を全然考えられてなかった! 成長してほしいからなんて綺麗事言って、ただ作業を丸投げして突き放しただけだったって……さっきやっと気づいたの」
「……え? い、いや……悪いのは全部、仕事が遅くて覚えられない私ですから……」
「ううん、違うよ。本当の先輩だったら、金子ちゃんが一人でできるようになるまで根気強く付き合うのが筋だった。今まで私が自分で抱え込んだほうが楽だからって、逃げてただけ。私が、自分に甘かったの」
私の必死な反省の言葉を聞いているうちに、金子ちゃんの瞳には大きな涙の粒がみるみる溜まってあふれ出そうになっていた。
てっきり「嫌われてる」と不満をぶつけられると思っていただけに、金子ちゃんが素直に自分にも非があると言い出したことに、私は心の中で密かに驚いてしまう。
「……私ずっと、佐羽さんに憧れてたんです」
「え、私に?」
「はい。仕事ができて、頼りになって……自分とは真逆です。私は要領が悪くて仕事も遅いし……できないって、最初から諦めていたんです。できる限り佐羽さんのお世話になろうと、甘えていました。でも今日、突き放された気になってしまって……自分はここに必要ないって、そう感じてしまいました」
(魚住さんの言った通りだった。金子ちゃんが私のことを尊敬しているって、本当だったんだ……)
自分ができない人だと、私にレッテルを貼られたくはない。だからこそ金子ちゃんは、予防線を張るように甘えやぶりっ子を演じて、傷つくことから逃げてきたのだ。
でもそれを受け入れて、指摘しないままにしていた私も悪い。今ならそう理解できる。
魚住さんのおかげで、ようやく向き合えているような気がする……。
「……ごめん、金子ちゃん。これから、手取り足取り教えるから。だから……もう一度、一緒に頑張ってみない?」
幸いにも、周囲のデスクの社員たちはみな席を立った直後だった。こんな熱いやり取り、周りに見られたら恥ずかしくて悶絶してしまう。
金子ちゃんは差し出した私の手をギュッと掴み、大きな声で「お願いします!」と応えてくれた。
(よかった……金子ちゃんに、気持ちを伝えることができた……)
振り返ると、魚住さんのデスクが視線の先にあった。
魚住さんは自分の仕事に没頭するように、パソコンの画面に意識を集中させている。
(何だ……私の成長した瞬間を、ちゃんと見てほしかったのに……)
「じゃあ金子ちゃん。一から説明するから、もしわからないことがあればその都度聞いてね」
「わかりました。メモ取りながらでもいいですか?」
「もちろんよ!」
本来私に振られた案件を、金子ちゃんと一緒にこなしていった。
金子ちゃんは確かに物覚えに少し時間がかかるタイプだったけれど、一度要領さえ掴んでしまえば、驚くほどスムーズに作業を進められる子だった。
ひと通りのレクチャーを終え、達成感に包まれながら自席に戻った私は、溜まっていた残務を爆速で終わらせるべくキーボードを叩き始めた。
(あれ、魚住さんからメッセージ?)
『今日の晩飯は、生姜焼きにでもするか』
画面に躍るその短文を目にした瞬間、私は反射的に魚住さんのほうへと顔を上げていた。
チラッと視線を上げた魚住さんと目が合うと、少しだけ微笑んでくれる。
(やった……魚住さんに認められた。いや、魚住さんのおかげで、新しい自分になれた気がする……)
金子ちゃんは「あのさ……」と強張った顔で立ち尽くす私をゆっくりと見上げると、今にも涙がこぼれ落ちそうな、潤んだ瞳を向けてきた。
(しまった……私、プレッシャーかけすぎ……)
「あ、ごめん! 威圧するつもりじゃなくて……その、さっきの件なんだけど……」
「佐羽さん、本当にすいません。私やっぱり、この仕事やっていけないです……」
私が話す前に、金子ちゃんは先に頭を下げてくる。
よほど私に怒られると思っているのか……心なしか、華奢な肩が小刻みに震えているように見えた。
(ダメだ……やっぱり正面からぶつからないと、金子ちゃんは向き合ってくれない)
「金子ちゃん、ごめん! 私、金子ちゃんの今の状況を全然考えられてなかった! 成長してほしいからなんて綺麗事言って、ただ作業を丸投げして突き放しただけだったって……さっきやっと気づいたの」
「……え? い、いや……悪いのは全部、仕事が遅くて覚えられない私ですから……」
「ううん、違うよ。本当の先輩だったら、金子ちゃんが一人でできるようになるまで根気強く付き合うのが筋だった。今まで私が自分で抱え込んだほうが楽だからって、逃げてただけ。私が、自分に甘かったの」
私の必死な反省の言葉を聞いているうちに、金子ちゃんの瞳には大きな涙の粒がみるみる溜まってあふれ出そうになっていた。
てっきり「嫌われてる」と不満をぶつけられると思っていただけに、金子ちゃんが素直に自分にも非があると言い出したことに、私は心の中で密かに驚いてしまう。
「……私ずっと、佐羽さんに憧れてたんです」
「え、私に?」
「はい。仕事ができて、頼りになって……自分とは真逆です。私は要領が悪くて仕事も遅いし……できないって、最初から諦めていたんです。できる限り佐羽さんのお世話になろうと、甘えていました。でも今日、突き放された気になってしまって……自分はここに必要ないって、そう感じてしまいました」
(魚住さんの言った通りだった。金子ちゃんが私のことを尊敬しているって、本当だったんだ……)
自分ができない人だと、私にレッテルを貼られたくはない。だからこそ金子ちゃんは、予防線を張るように甘えやぶりっ子を演じて、傷つくことから逃げてきたのだ。
でもそれを受け入れて、指摘しないままにしていた私も悪い。今ならそう理解できる。
魚住さんのおかげで、ようやく向き合えているような気がする……。
「……ごめん、金子ちゃん。これから、手取り足取り教えるから。だから……もう一度、一緒に頑張ってみない?」
幸いにも、周囲のデスクの社員たちはみな席を立った直後だった。こんな熱いやり取り、周りに見られたら恥ずかしくて悶絶してしまう。
金子ちゃんは差し出した私の手をギュッと掴み、大きな声で「お願いします!」と応えてくれた。
(よかった……金子ちゃんに、気持ちを伝えることができた……)
振り返ると、魚住さんのデスクが視線の先にあった。
魚住さんは自分の仕事に没頭するように、パソコンの画面に意識を集中させている。
(何だ……私の成長した瞬間を、ちゃんと見てほしかったのに……)
「じゃあ金子ちゃん。一から説明するから、もしわからないことがあればその都度聞いてね」
「わかりました。メモ取りながらでもいいですか?」
「もちろんよ!」
本来私に振られた案件を、金子ちゃんと一緒にこなしていった。
金子ちゃんは確かに物覚えに少し時間がかかるタイプだったけれど、一度要領さえ掴んでしまえば、驚くほどスムーズに作業を進められる子だった。
ひと通りのレクチャーを終え、達成感に包まれながら自席に戻った私は、溜まっていた残務を爆速で終わらせるべくキーボードを叩き始めた。
(あれ、魚住さんからメッセージ?)
『今日の晩飯は、生姜焼きにでもするか』
画面に躍るその短文を目にした瞬間、私は反射的に魚住さんのほうへと顔を上げていた。
チラッと視線を上げた魚住さんと目が合うと、少しだけ微笑んでくれる。
(やった……魚住さんに認められた。いや、魚住さんのおかげで、新しい自分になれた気がする……)