彼はアメとムチがうますぎる ~つめたい上司のあたたかい味噌汁~
「いいこと思いついた」
意地悪く笑うでもなく、魚住さんはごく真面目な顔つきのまま、淡々とその言葉を落とした。
いいことって……と、私が問いかけるよりも早く、魚住さんはその内容を口にする。
「今日の飯、美味かったか?」
「……え? も、もちろん」
「そうか。毎日ろくなものを食べていないんだろ? だったら……これからは俺がお前の分の晩飯も作ってやる」
……あまりに唐突な提案に、私は目を丸くして固まった。
私の分の夕飯が、毎日用意される? しかも、あんなにも温かくて美味しく、疲れた体にじんわり染み渡る手料理が?
「……本当ですか?」
上司に毎晩のご飯を作ってもらうなんて絶対に迷惑だし、そもそも今日天敵になったばかりの魚住さんにお世話になるなんて気が引ける。
だけど……正直に言ってあんなに美味しい手料理を毎日食べられるなら、プライドなんて捨ててでも喜んでお願いしたかった。
恥も外聞も吹き飛ぶほど、私は一瞬で魚住さんの作る手料理の虜になってしまっていたのだ。
「……ただし、条件がある」
目を細め、怪訝な表情を作る魚住さん。私も体に力が入るのを感じながら、同じくらい真剣な顔で見つめ返した。
(条件? 一体どんな……)
「上司として、お前にミッションを与える。その日の課題をクリアできた日限定で、俺が丹精込めて作った極上の晩飯を振る舞ってやる」
「……ミッションって?」
魚住さんは「そうだなぁ」と顎に手を当て、斜め上の虚空を見上げながら考え始めた。
すぐに名案が浮かんだのか、保たれていた真剣な顔つきが一気に崩れると、今度は不敵な笑みを浮かべた。
「では手始めに……ウチの部署に、仕事に対する熱量がまったく感じられない後輩がいるだろう?」
「あ……います」
真っ先に頭に浮かんだのは、今日私に案件を丸投げしてきたあのぶりっ子後輩だった。
きっと魚住さんも、同じ人物を脳内に描いているに違いない。
「明日はまずそいつに、きちんとした正当な指導をしてみろ」
魚住さんから突きつけられた、記念すべき最初のミッション。
……それは、私にとってあまりにも高すぎるハードルだった。
人に注意したり、嫌がられるような厳しい指導をするのは、私の人生で最も苦手な分野だ。
「……それは、難しいですね」
「だろうな。今まで避けていた部分だろう。さっきも言ったが……お前がやらなきゃ、この部署は成長しない」
(それは……そうだと思うけど……)
相変わらずの弱気な姿勢を、隠すことはできなかった。自信のなさが顔に出ていると、自分でもわかってしまう。
それほどまでに、魚住さんが提示した最初のミッションは……素直に「はい」と頷くには高すぎるハードルだった。
「お前、このままでいいのか?」
泳ぐ私の瞳を逃がさないように、魚住さんの鋭い視線が追いかけてくる。
このままでいいのかって言われても……それはもちろん、満足なんかしていない。
残業続きで遊ぶ時間もなく、仕事漬けの毎日。ご飯もちゃんとしたものを食べていない。
このままでいいのかという率直な疑問は、当然のように「よくないです」と答えた。
「だろ? なら覚悟を決めろ。俺を信じて、一歩踏み出してみろ」
「魚住さんを、信じる?」
「そうだ。俺を信じてついて来い。お前の人生も仕事も、俺が必ず豊かに変えてやる。成果を出させて仕事の面白さを教えてやるし、毎日美味い飯も腹いっぱい食わせてやる。だから逃げずに、チャレンジしてみろ」
……本当にこの人は、あの冷徹なことを言い放った魚住さんなのか。
瞳に宿る圧倒的な熱量と自信に満ちた言葉を正面から浴びせられ、胸の奥が熱く燃えていくのを感じる。嫌でもついていきたくなるような、不思議な力強さがあった。
吸い寄せられるように魚住さんを見つめ返した私は、吸った息とともに、自然と「わかりました」と頷いていた。
「よし。明日も美味い飯が食えればいいな」
「そ、そうですね……」
「じゃあ、とっとと帰って寝ろ。俺もさすがに眠い」
(突き放すときは、やっぱり冷たいんだな……)
「お、おやすみなさい……」
……これから私に課されるミッションは、きっと厳しいものばかりだろう。
でもこれは、会社のためであり、そして私自身の成長のためでもある。
(魚住さんのご飯、美味しかったな……)
家に帰ってすぐに、あの温かな味噌汁が思い浮かんだ。
「よし! あの手料理のために、やってやろうじゃないの!」
今朝の時点では、こんな怒涛の展開になるなんて夢にも思っていなかった。
まさか、今日転属してきた新上司がお隣さんだとは。しかも、夜ご飯を賭けた謎の教育ミッションまでスタートしてしまった。
ただ……自分でも不思議なくらい、やる気に満ちあふれている……。
――すべては、あの手料理のために。
意地悪く笑うでもなく、魚住さんはごく真面目な顔つきのまま、淡々とその言葉を落とした。
いいことって……と、私が問いかけるよりも早く、魚住さんはその内容を口にする。
「今日の飯、美味かったか?」
「……え? も、もちろん」
「そうか。毎日ろくなものを食べていないんだろ? だったら……これからは俺がお前の分の晩飯も作ってやる」
……あまりに唐突な提案に、私は目を丸くして固まった。
私の分の夕飯が、毎日用意される? しかも、あんなにも温かくて美味しく、疲れた体にじんわり染み渡る手料理が?
「……本当ですか?」
上司に毎晩のご飯を作ってもらうなんて絶対に迷惑だし、そもそも今日天敵になったばかりの魚住さんにお世話になるなんて気が引ける。
だけど……正直に言ってあんなに美味しい手料理を毎日食べられるなら、プライドなんて捨ててでも喜んでお願いしたかった。
恥も外聞も吹き飛ぶほど、私は一瞬で魚住さんの作る手料理の虜になってしまっていたのだ。
「……ただし、条件がある」
目を細め、怪訝な表情を作る魚住さん。私も体に力が入るのを感じながら、同じくらい真剣な顔で見つめ返した。
(条件? 一体どんな……)
「上司として、お前にミッションを与える。その日の課題をクリアできた日限定で、俺が丹精込めて作った極上の晩飯を振る舞ってやる」
「……ミッションって?」
魚住さんは「そうだなぁ」と顎に手を当て、斜め上の虚空を見上げながら考え始めた。
すぐに名案が浮かんだのか、保たれていた真剣な顔つきが一気に崩れると、今度は不敵な笑みを浮かべた。
「では手始めに……ウチの部署に、仕事に対する熱量がまったく感じられない後輩がいるだろう?」
「あ……います」
真っ先に頭に浮かんだのは、今日私に案件を丸投げしてきたあのぶりっ子後輩だった。
きっと魚住さんも、同じ人物を脳内に描いているに違いない。
「明日はまずそいつに、きちんとした正当な指導をしてみろ」
魚住さんから突きつけられた、記念すべき最初のミッション。
……それは、私にとってあまりにも高すぎるハードルだった。
人に注意したり、嫌がられるような厳しい指導をするのは、私の人生で最も苦手な分野だ。
「……それは、難しいですね」
「だろうな。今まで避けていた部分だろう。さっきも言ったが……お前がやらなきゃ、この部署は成長しない」
(それは……そうだと思うけど……)
相変わらずの弱気な姿勢を、隠すことはできなかった。自信のなさが顔に出ていると、自分でもわかってしまう。
それほどまでに、魚住さんが提示した最初のミッションは……素直に「はい」と頷くには高すぎるハードルだった。
「お前、このままでいいのか?」
泳ぐ私の瞳を逃がさないように、魚住さんの鋭い視線が追いかけてくる。
このままでいいのかって言われても……それはもちろん、満足なんかしていない。
残業続きで遊ぶ時間もなく、仕事漬けの毎日。ご飯もちゃんとしたものを食べていない。
このままでいいのかという率直な疑問は、当然のように「よくないです」と答えた。
「だろ? なら覚悟を決めろ。俺を信じて、一歩踏み出してみろ」
「魚住さんを、信じる?」
「そうだ。俺を信じてついて来い。お前の人生も仕事も、俺が必ず豊かに変えてやる。成果を出させて仕事の面白さを教えてやるし、毎日美味い飯も腹いっぱい食わせてやる。だから逃げずに、チャレンジしてみろ」
……本当にこの人は、あの冷徹なことを言い放った魚住さんなのか。
瞳に宿る圧倒的な熱量と自信に満ちた言葉を正面から浴びせられ、胸の奥が熱く燃えていくのを感じる。嫌でもついていきたくなるような、不思議な力強さがあった。
吸い寄せられるように魚住さんを見つめ返した私は、吸った息とともに、自然と「わかりました」と頷いていた。
「よし。明日も美味い飯が食えればいいな」
「そ、そうですね……」
「じゃあ、とっとと帰って寝ろ。俺もさすがに眠い」
(突き放すときは、やっぱり冷たいんだな……)
「お、おやすみなさい……」
……これから私に課されるミッションは、きっと厳しいものばかりだろう。
でもこれは、会社のためであり、そして私自身の成長のためでもある。
(魚住さんのご飯、美味しかったな……)
家に帰ってすぐに、あの温かな味噌汁が思い浮かんだ。
「よし! あの手料理のために、やってやろうじゃないの!」
今朝の時点では、こんな怒涛の展開になるなんて夢にも思っていなかった。
まさか、今日転属してきた新上司がお隣さんだとは。しかも、夜ご飯を賭けた謎の教育ミッションまでスタートしてしまった。
ただ……自分でも不思議なくらい、やる気に満ちあふれている……。
――すべては、あの手料理のために。