忘れられないひと〜結婚の挨拶に行った先の継母は、私が昔追い出した父の恋人でした〜
大通り沿いのバス停に着いた。
時刻表で確認すると次の発車まで二十分ちょっとあった。私たちは照りつける太陽を避けて日陰に移動した。すぐ横の自動販売機で冷たい健康茶を買う。私の好きな銘柄をあたりまえに選ぶ圭介と半分ずつ飲み、それからぼんやり、通りを走る車を眺めた。
「俺さ、結婚したら心菜んちの近くに住むよ」
ゆるりと向き直ると、アスファルトの照り返しに顔を赤くした圭介が私を窺っていた。玉の汗を流しているのに涼しそうな感じがするのは、学生時代に水泳をしていたと聞いているせいかもしれない。
「お父さんが心配なら同居したっていいし」
「圭介のご両親が許さないよ」
「……もしかして、俺が前に言った『親に頭上がらない』ってやつ、気にしてる?」
「そんなんじゃないよ」
以前圭介から打ち明けられた。
――俺さ、ひどい反抗期やっちゃったんだ。いつかその穴埋めをしないとって思ってる。
その言葉が今、私を慄かせていることを圭介は知らない。
汗ばんだ私の腕に圭介の指先が触れた。
「心菜の言う通りにする。だから俺とのこと、やめるとか言わないでよ」
「……言わないよ」
「じゃあ俺とずっと一緒にいてくれる?」
「……もしも、家族に反対されたらどうするの」
「されないって」
「だから、もしもって……」
既視感のあるやりとりに、立ち止まった。
つい数日前、圭介の家に行く前にも同じ会話をした。
――あの時も圭介は、「俺の親が反対? ありえないって」と一笑した。
『婚姻届もらってきたら信じてくれる?』
わかったわかった。冗談で済ませようとしたけれど、圭介の目は真剣だった。
『月曜日、籍入れよう。気が変わったって言ってもダメだからね』
念を押す声が脅迫的で、可笑しくて笑ってしまった。圭介が拗ねて、私が宥め、どちらともなく近づいて優しいキスを交わした。
――その会話を、今、バス停で繰り返している。
私は思わず頭を振った。
たった数日前のことなのに、まるで遠い日の、空想の中の出来事のようだった。